少し前にお母さん食堂の署名活動が終わったらしい。

高校生の方がジェンダーレス問題等の授業に触れて、名前に違和感を覚えて始めたとか。

ここら辺が曖昧なのは、私が全く関心がなかったからなんですけど。

 

私の意見としては、そんなこと考える奴いるんだ。

もっと他に考えることあるやろ…というのが正直な話。

名前とかどうでもいいじゃん。とは言わないけど、ダメな理由がわからない。

現代でね、今は女性もバリバリ働く時代!差別しないで!みたいな。または逆ね。お父さんだってご飯作るよ!みたいな。

まぁそういった差別の話はキリがないからしないけど。

 

今の子は、若いからやっぱり男女って区別がされることに対して疑問を持ちがちなのかもしれないけど、

私の世代からしたら(ざっくり20代後半~40代ぐらいか)、学校から帰ってきたら台所に立っている母の姿とか、どうやったら出来るのかわからんぐらい綺麗な卵焼きとか、それを魔法の様にドキドキしながら眺めるときとか、そういったドキドキを見せてくれるのはいつも母親だった気がするんだよ。

私の時代は当時、母が家にいて、父が働いて、っていうのが普通の家庭と言われていた。

それに違和感を覚えたのは確か。だってうちは厳密にいえばそうじゃなかったから。物心つく頃にはもう母はいなかった。【生きてるけど。勝手に殺すな。)けど、上記に書いた母との思い出は忘れない。今でもふと、食べたくなるぐらいには母の卵焼き大好き。

結婚して働いて、もしかしたら自分が母になるぐらいの歳をとったけど、そうやって思い出に浸ってしまうぐらいには、台所に立つ母親の存在は大きかったなと思う。

まぁ、今は違うのは事実だからね。仕方ないのかもしれんけど。

けど、私みたいに母との思い出を胸にギュッとしまっている人は多いと思う。少なくとも一人はいる。

署名した人否定せんけど、そういった人間もいるの忘れないでね。