一昨日無事に帰りました ご心配かけました


おばちゃんはまるで 私が中学の時に亡くなったおばあちゃん(おばちゃんの母)にそっっくりで、皆ぴんとこないと言っていました


それでも、最後のお別れの時は、皆号泣で お互い抱き合いながら、しょうがないねって、なぐさめあいました


おばちゃんは、私の母のお母さんに なったかもしれない人で、事情があり、母はおばちゃんから、私のおばあちゃんに、もらわれたのでした。


そして、おばちゃんの弟と結婚し、私が生まれたのです


おばちゃんがいなかったら、私は生まれていないことになります。


母はおばちゃんのいつも身につけていた、指輪を形見にもらっていました。

母は断っていましたが、皆がこれを持つのは、あなただからって言われていました。


離婚を決めたのも、おばちゃんでした。

待っててあげて欲しかったんだと思いますが、父はその後帰ってくることがなく、母は再婚をしたのですが、その時に、おばちゃんに、ちょっと皮肉を言われてしまったみたいで、それ以来私も疎遠になってしまいました。


私の、おばあちゃんが亡くなった時に、お許しはとっくに出ていて、こんなに幸せになれて良かったと、おばちゃんも喜んでいたものの、母の中に申し訳ない気持ちがずーとあったんだと思います。


ここ何年でしょうか、おばちゃん達に私が行き来できるようになったのは


3年前くらいに、私におばちゃんが、おばちゃんの目の黒いうちに、母ちゃんをここに連れて来いと約束させられたのは


母をなんとか説得して、今の父と三人で行ったのを覚えています


おいしそうに、持って行った蟹を、食べてとても幸せそうでした


今回もそうですが、私の今の父は、本当に素晴らしい人で、母を思い離婚した、父の親戚の集まりにも出席し、皆にすごく好かれています。


いつも、ありがとうの気持ちでいっぱいです


葬儀の日は、ものすごい雪で、車の移動が本当に大変でした。

無事事故なく、納骨まで出来ましたが、お墓は、20センチぐらい積もってました



さて私は、おばちゃんに、ちゃんと伝えたいことを伝えてきました。

そして、ちょっと皆が目をはなしたすきに、遺骨を抱きしめ

ありがとうと伝えました


7人兄弟の一番上で、良く働き、皆が困った時には、おばちゃんが助け、

豪快で、頑張り屋で、とってもすごい人だったと思います


おばちゃんの豪快の笑い声そして、厳しいお言葉、色々思い出します

まだ実は、ひとつ約束が果たせてないのですが、そこは今いろいろ私も頑張っているので、許してくれると思います


おばちゃん 本当に寂しいけど、本当にありがとう

今まで忙しく、頑張った分ゆっくり眠ってくださいね

大好きだよ

亡くなったのは 父の姉です

父が亡くなった時 火葬場で ぎゃあぎゃあ無く私の手を 握りしっかりしろ 父ちゃん出てくるぞって

私おばあちゃんいなかったら あの場にいれなかった

病気になったって家から出れなかった時 近くの親戚の家にいると聞いて 必死で会いにいったら 思いっきり 抱きしめて 会いたかったよ 良く頑張ったって ほめてくれたね

いつも強く凛としていた おばちゃん

病気と言われて3ヶ月 あっという間に 歩けなくなり 食事がとれなくなり 辛いと寂しいと 最初で最後弱音が出たね

意識もうろうとなりでも 私の事は名前を呼び きをつけて帰れって 最後の言葉

またねって 言ったのに…

あれから3日上手く寝れないよ

でも 今日は ありがとう 良く頑張ったねって 私が言わなきゃね

バケツ一杯泣くけどね

今から逢いに行くね