日本語生涯勉強中のブログ

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私という視点で物書きをすると、フランスやアメリカの視点や文化は避けられない。それが他との差別化だろうか?!
フランス産まれ
アメリカで8年程生活
日本で子育て、今そろそろ50に至る。

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で、あるフレーズが記載あり気になり調べ始めた。

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私の経歴?!

パリで産まれ、東京港区に4歳頃移住。

その後、小学校に上がるまで東京にあるフランスの学校へ通う。

簡単に言うと日本語がまだまだ苦手😅

そろそろ50になるけれど、生涯勉強中

英語もほどほどに出来る

そんな私が疑問に思う事を書いてみようとメモ程度に書いてみることにした。

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「寛容」という言葉。

それに対して「尊重」という言葉。


英語でも調べみた。


「寛容」tolerance 

「尊重」respect 


この差は明確


「寛容」がtolerance ならば、

「我慢」はなんだ??

と思った。

Be patient 

待てよ?

じゃあ、この2つの違いはなんだ?

と。




よく日本は「がまん」の国と聞く。

がまんすることへの美徳。


私にはよくわからない。

ずっとそう思っていた。だが昨日タクシーに乗り、62になるタクシーの運転手と話していたら、なんとなくわかって来た事がある。悟りの境地というものだ。


この方25年タクシーの運転手をしてきたと。仕事中運転中は何事があってもイライラしないと決めた、と。対してプライベートの時間に運転をすると、感情は違うらしい。ほう!


どういう事かと言えば、

仕事はお金をもらって仕事をしているので、割り切る、と。割り込んで入ってきたとしても、どうぞどうぞ、と。そこでイライラしても、自分が損だ、と。笑って暮らすも一生,泣いて暮らすも一生。これは,ドイツに古くから伝わることわざらしいです!

引用

http://424.ciao.jp/shibushi-jhs/2021/10/3594/#


この運転手さん、面白いことに、「イライラする事世の中多いじゃないですか?笑」と。プライベートでは、スーパーに行くにしても、人がなるべくいない24時間のスーパーへ行き、人を避けてる、と。笑 面白い!人は変えられないけれど、自分がスーパーへ行く時間は変えられる。


「寛容」である事と「我慢」をする事

例えば、電車に乗ると、お年寄りや身体の不自由な方の優先席に堂々と座る方、座るのは良し、ただそれを必要そうたした方が前に立っても知らん顔してスマホを見ていたり寝てたり、これ、私めちゃくちゃイライラするんです。悲しくなる。


例えばフランスでは、即座に席を譲る。重い荷物を抱えている人がいたら即座に手を差し伸べる。パリで重い荷物を運んでいたら手伝ってくれて、ありがとうと言ったら、ありがとうは不要だよ、他の人に同じように困っている人がいれば手伝ってあげたら良い、と言われた事があった。


フランスでは国民的にそういう教養があるのに対して、日本人は世界的に見ても優しいと言われているのにも関わらず、なぜこういった小さい事が出来ない??と悲しくなる。もっと国民として、世界的に見られた時に日本では電車に乗ると皆が席を譲り合っている、そう語られたい。


ほれ、またイライラしている自分。苦笑

この現状は我慢すべきなのか、寛容であるべきなのか?


そもそも、優先席に座ってスマホを見たり寝てたりする人も、もしかしたら身体が不自由なのかもしれない。だとしたら、やっぱり知りたいのは、「私は身体が不自由でここに座っています」パネルとかあればなー、と。


他人となかなか話さない日本のカルチャー、「身体ご不自由ですか?」と聞く訳にもいかない。席譲ってもらえます?と一言聞くにも、そもそも聞く必要があるのだろうか?と。やはり、自主的に譲り合って欲しい。当然ですが私は万が一席が必要そうな方がいれば、即座に席を立つ。昔わたしが子育て中に苦労したベビーカー、苦労してそうな人がいたら、即座にこえを掛ける。息子もそう育ているので、先日即座に席を立っていた。えらい!)


話がかなり脱線したので戻ると、

本の中で言う

尊重と寛容の引用を残しておく。


引用:

尊重とは寛容以上のものである。尊重とは相手に向かって踏み出すことであり、寛容はただ相手の存在を容認するだけのことだ。


尊重には勇気が必要。問う、話しかける勇気。