hit roll store -2ページ目

どうもこんにちは。hitです

さて前回の続き書きます。

前回の下です。

 

https://ameblo.jp/kijin20/entry-12541367201.html

 

あらかじめ言うけど、これは自分の整理的な意味で書いてるので、

くそ汚い文章が並びます。ごめんなさい。

公開オナニーみたいなものです。ビクンビクン。

 

では札幌へ。

 

札幌でバンド

 

もう最悪な心理状況のまま、ベース弾いて欲しいと言うことでいざ札幌へ。

まず寒いのな。

 

仲間と落ち合い札幌の北18条駅近くに住んでた。

札幌は初めて行ったけど良い街だった気がする。

 

そんなこんなでバンド。

ひとまずはバンドやって、オリジナルやってライブやろうぜまでは行けた。

行けたのだが、個人的な意見を言うとボーカルがクソ野郎だった。

マジでありえんと言うレベルで、人として最低だった。

こいつとはやらん。

と言う判断に至り、脱退。脱退後バンドもすぐ解散してた。

札幌は6ヶ月くらいいたのかな?

もうマジでどうしよう、行く場所もないし、誰も自分のことを知ってる人がいない場所行きてーみたいになって、

仙台に行くことにした。

 

マジで知り合いとか友達がいなかった場所へ。

正直もう音楽とどうでもいいみたいな気持ちまでいってた。

と言いながら、結局はバンドやりたくなるのよね。

 

ネット音楽や演奏してみた

 

ただ何か本気でバンドやろうみたいな感じにはなれなくて、ちょっとした遊びでもいいからなんかやりたいくらいだった。

そこでニコニコ動画で演奏してみたなるものがあるのを知った。

こんなのあるのかと。

当時からちょっとずつDTMいじり始めてて、ベース録音しながら動画撮れば面白いのかも。的な考えで演奏してみたをやってみた。

そこからネット音楽にハマり始めたところ。

最初は岸田教団のハイスクールオブザデッドを弾いた。

ただ黙って弾くんじゃつまらないなーと思い、変な動きしながら弾いてみた。あとベースと体の間に羊の人形挟んでた。

 

やってみたら案外面白かった。

コメントが返ってくる。悪い部分も指摘してくれるけど、それはちゃんと見てくれているからだと思った。

単純に面白い、反応返ってくるのか!と思った。

今までライブしてもこんな反応返ってこなかった気がする。

と言うのもライブとかは割とお客さんは気を使っていいことを言ってくれる。だからライブ終わった後俺はいつもPAさんに今日どうでした?悪いこととか指摘してくれ。って聞いてたくらい。

 

けど動画は気を使う必要もないからちゃんと言ってくれる。

面白ければ面白い、下手なら下手と。

これは一つのカルチャーショックだった。

ボカロもこの時知ってはまっていった。2010年のことだった。

 

アニソンバンド加入とライブ

 

と同時にwith9と言うメンバー募集サイトで加入希望を出していた、いろんなバンドの方とセッションした。

ぶっちゃけパッとしなかった。

そこで一つある声がかかった。

アニソンバンドだった。アニソンをやるのは初めてだし、楽しそう。と思いその誘いに乗った。

それが賢者時間というバンドだった。

スタジオも入って、皆普通にうまいし、アニソン好きなんだなってめっちゃ伝わってきた。俺もアニソン好きだった。

と言うかアニメを見るようになっていた。

 

初めてのライブは仙台Hook。レッドプレゼンツですね。

 

札幌ぶりのライブでどうなるかなーと思ったけど実際にステージに立ってびっくり。

お客さんめっちゃおるやん!!てなった。

 

今までのオリジナルバンドの時は地道に声をかけたり、道でフライヤー配ったり、宣伝活動頑張ってきたけど、全然お客さん入らない時のが多かったのが、

このアニソンバンドのイベントのお客さんの入り具合に驚いた。

初めてのアニソンバンドでのステージはお客さんもたくさんいて、興奮してしまったのをよく覚えている。

MCで推しキャラを聞かれたので御坂美琴と答えたのも覚えている。ビリビリ。

 

楽しかった、心の底から。同時に複雑な気持ちになったのも事実で

今まで自分らががむしゃらになってやってきたことってなんだろうなって思った。

死に物狂いでやってきたことはなんだろうなって。そのモヤモヤはもちろん当分晴れることはなかった。

今考えると音楽に対しての楽しみ方、考え方が違うだけな気がする。

人それぞれの音楽、楽しみ方があって、それはその人の世界があるからだと。

 

それに対して俺は重かった。

過度な期待というか勝手に楽しんで、勝手に苦しんでいたんだなって思う。

 

ただこの賢者時間をやって心から思っているのは声をかけてくれてありがとうという気持ち。ありがとう。

 

そこから仙台でオリジナルバンド組んだ。

路上でも実はたまにライブしていたりした。警察も来たけど!!

 

まあオリジナルになるとお客さん入らないのな!!!

これはYotutubeでも動画が上がっているので今度こっそりあげておきます。

 

それから仙台では演奏してみたの動画をあげながら、アニソン団体MNABのサポートでベースを弾くことに。

これがきっかけで一つのバンド、faker in my roomを組むことができた。今でも年一でライブするくらいのバンドに

これらの団体、バンドに関しては本当に感謝の言葉しかない。

このメンバーと団体が無かったら、もう死んでたんじゃね?て思うくらい、楽しかったしお世話になった。

心から感謝を伝えたい。本当にありがとうと伝えたい。

自分をベースとしてくれたことがありがたい。

 

少しずつ音楽の楽しみ方みたいなのがまた分かってきたかなっていう感じだった。

特にアニソンはアニメがあるから好きなアニメのいろんなシーンや情景を思い描くことができることも強いなって思った。

 

演奏してみたについては変な動きして弾いてたら、それなりにマイリスト伸びたりしてた。

特に伸びたのがバクチ・ダンサーと英雄。

気持ち悪さがいい意味で化けたんだろう。

有難や。

 

なんやかんやこのアニソンバンドの方々と飲んだりとか出来て楽しい日々を送れるようになってきた。

 

震災

 

仙台、東北といえばこれかなと。

仙台に来て一年も経たず震災がおきた。

これは多くは語らなくていいかなと思う。震災発生して自転車で多賀城までいった話とかあるけどこれはまた別のお話で。

知り合いも死んだ。

 

ただそんな中でも4月にenn、5月にもennでライブした。スタジオも安くなったりしてた。

こんな時だからこそ音楽に触れたいと思っていたのも事実だった。

ぶっちゃけ音楽はなくても生きていけるものではあると思う。けどあったら心が豊かになるものだとも思っている。

 

ここで自分の中でびっくりしたのが

Junkboxでニコチンと対バンした時。

前回のブログでも書いたけど、ニコチンは俺の中でも青春のバンドだった。

 

同じ日に同じステージでライブができたことが嬉しかった。

そして、打ち上げでもずっと自分の青春でこんな大変な時に仙台に来てくれたことの感謝を伝えた。(泣きながら)

めちゃめちゃいい人だった。

好きでいてくれてありがとうって何回も言ってくれた。

もうまた号泣してた。

好きでよかった。高校生の頃の青春は間違っていなかったのかなって思えた。

 

だめだ、くそ長文になるわ!!

 

とりあえず今回はここまで。

もう音楽嫌いモードから純粋に楽しめるようになってきたところまで。という感じ。

ただこれはこれでモヤモヤしながら演奏してた気がする。

 

また続き書きます書きます。

 

とりあえずみてくれた人ありがとう。

どうもこんにちは。

 

hit改めタカヒトです。(名前変えて活動したいアレ)

 

さて今日は音楽と自分について書こうかなと。

あらかじめ言っておくとこれはおそらく長文になるし、汚い文章になると思う。

そしてこれは何かを共感してほしいとかではなく、どちらかというと自分の今までと整理的な意味を込めている。

また、ポジティブな内容ではなく楽しいわけではないので、苦手な方はごめんなさい。

汚い、しがない、ベース弾きのクソみたいな人生の一つだと思う。これ読んで俺のこと嫌いになる人もめっちゃいると思う。

またこれを見て元気になる人はいないよ、ごめん。免責事項的なの打ちすぎだな!!

文章能力はない。ごめんなさい。

 

もし見た人はこんな奴がいるんだな。こんな奴にはなっちゃダメだな。反面教師にしよう。

と思ってほしい。

 

まずは積極的に音楽を聴きにいった時代

 

これはアレ。

流行に遅れたくなくて、音楽を聴き始めたのが中学三年。遅かった。

それまでは兄貴がGLAYとか黒夢が好きでそれを聴いてたくらい。

野球に打ち込み、引退した後マジでやること無くなった。

カラオケとかになぜか行くときも出てきて、かつ周りが音楽を聴いててその話をしてて、

遅れないために聴き始めた。

その時はリップスライムとか聴いてた。

そしてゴイステ、B-DASHを聴き始めた。割と衝撃だった。

朝の音楽ランキングで童貞ソーヤングが入ってるんだぜ。

そりゃびびるわ。

 

そんな感じでぬるく過ごし高校生。

高校一年生に野球部に入り、肩やら壊し(打つと脱臼する)野球をやめる。

学校もたまにしか行かなくなる。クソみたいな毎日だった。夜は毎日家を抜け出して、訳も分からず海に行ってぼーっとしてた。

 

そしてある日高校浪人の友達と麻雀をしている時にバンドやりたい。ベースやってと言われて、当時の青森にあったゲーム倉庫?だっけ。

そこに中古のベースを見に行った。

そこで初めて何もわからないのにベースを始めた。暇だからって。

 

ベースを始めた

 

そこでやりたいと言われたのがHi-STANDARD。

衝撃だった。一発で虜になった。ライブ映像も見て、どハマりした。

けどまだ弾けなかったので、学校の文化祭で一年生でバンド出演した。(一年では俺だけ。メンバーに学校生いれば校外の方参加可能。)

その時はチャコールフィルターと175Rやった。

クソみたいな演奏だったと思う。けれどもスッゲー楽しかった。暗い体育館で演奏した。

ライトアップされているのが自分らだけ。変な高揚感だった。

 

そこから改めて練習をした。

ライブも何も決まってないけど、ひたすらメンバーでスタジオに毎週のように入ってた。

ハイスタをやった。

同時期にCDを色んなところに探して、漁りまくってた。

マジでジャケ買い。

そこで出会ったのがHawaiian6のSOULSのアルバム。

青森のサンワドーのCDショップで売ってた。聴いた時に一発で好きになった。

そこでわかるのが、メロコア、かつ3ピースバンドがなぜか好きという謎。今でも分からん。

あと当時はストリートロックファイルという雑誌が出ていた。

これは雑誌に今いけてるバンドの紹介とCDがついてきてた。

その時にマキシマムザホルモンのRolling1000tとか入ってた。すっごいCDだった。

毎回買ってたなー。

話ずれた。ひたすら色んなCDを聴きまくった。

CDを自分で買ったMDコンポに入れて回る瞬間、その音が聴こえてくるまでの高揚感も好きだった。

 

そこからだと思う。音楽にどっぷりとのめり込んだのは。

むしろそれしかなかったと思っていた。たまらなくなって学校の授業中にこっそりイヤホンして音楽聴いてた。(マジでクソ野郎だった。)

夜も家を抜け出して海でずっとMDプレイヤーで音楽を聴いてた。最高に好きな時間だった。

世界で自分しかいないような気持ち良さがあった。

 

ライブしまくってた

 

そこから3ピースバンドでベースボーカルだった。ライブしまくった。ただ問題が。

マジで俺歌うまくないのな。絶望した。

死にたくなった。

けども歌ってた。

好きだったから。ひたすらに好きだったから。

今思えばちゃんと練習しろよって思う。変なプライドがあったんだと思う。

 

そして、なんやかんやあって黒夢やSADSのコピバンもベースとして弾いてた。

当時はミッシェルやhide、イエモン、ニコチン、ピロウズ、バックホーンが心から好きだった。

同時に青森のスタジオでバイトもしてた。

普通に深夜まで働いてた。

そこでバンド関係で出会った仲間と毎日のように駄弁ってた。

ギター弾いたり、このバンドがカッケーとか、アホみたいに音楽の話を毎日してた。最高の時間だった。

ただ何か文句があるとすれば今だにその時のバイト代が全部支払われていないよ!!

まあそれは置いておいて。

そしてマックでもバイトしてひたすらお金を貯めてグルーヴィン楽器で新たなベースを買った。

最高に嬉しかった。楽器を手に持った時の感触が今でも忘れられない。気がする。

 

そしてアホみたいにライブしてた。自分らでイベントも企画した。

喧嘩もした。ステージで揉めたりもしてた。

ホールで暴走族とクォーターのPAが喧嘩してて止めに入ったらなぜか俺が殴られた。

その10分後に出番やぞ!!

まあそれらも今となってはいい思い出。そう、いい思い出。

 

それなりに青森市内では名前も出てきて、オリジナルも演奏してきた。

青森市内のコンピアルバムに参加できたり、テレビでも放送するようなイベントに出てた。

当時は先輩バンドとしては夏の魔物やってたダイチ69率いるウェイバーとかいた。

あとLooseやRoots、寿司ボンバー。寿司ボンバーはオリオン座の下でセックスのひろやーさん。スッゲー好きだった。

 

そして初めて組んだ3ピースのバンドが最後のライブをした。

辛かった、けど最後は笑えた気がする。

 

そして黒夢、SADSのコピバンというかオリジナルやってた。CDも作った。

メンバー皆で東京行こうぜという話をして、最後に青森でツーマンライブを企画して成功させた気がする。

青森、高校生活のライブ、音楽はそこまで。

本当はもっと色んなバンドやってた。

エルレ、モンパチもやったし、NANAも、GOGO7188もムックやディルもcuneもヒスブルも

もう数え切れないくらいやったなーと。それはまたいつか別の話で。

 

高校卒業して即東京に行った。そして働いてた。

大学行かなかった理由は単純でうちは金がないし、そんなこと家族が考えていなかった。

自分は家族を信じてなかったし、小学生くらいからいつか一人で生きていくと決意していたくらい。

 

上京

 

そしてすぐ東京。住んでたのは神奈川だけどね。

バイトしながら、バンド。

けれども全然うまく行かなかった。メンバーのスケジュールがまあ合わない合わない。一人成田だし。遠いわ。

それでも長い年月をかけてバンドを動かしてきた。

メンバーが住んでる三軒茶屋まで行ってノアスタジオで練習してた。

曲も作った。俺も曲作った。

そして蒲田のトップス、下北沢屋根裏、渋谷ギルティとかでライブしてた。

下北沢屋根裏に関してはオーディションがあった。

昼間のライブで成功しないと夜のライブに出られなかった。

オーディションを通った時はクッソ嬉しかった。

 

ただ、まあどんだけ頑張ってもお客さんはなかなか増えず、2,3人とかもざらにあった。苦しんでたけど、充実してた気がする。

 

同時に町田でメンバー募集サイトで知り合ったバンド仲間もできて、コピーしたり、アコギ弾いたりしてたくさん音楽で遊んだ。

本当に楽しい日々だった。

 

音楽友達の存在

 

そのあたりから一人の女友達がいた。

そいつは同じ青森(高校の頃はあったことなかったけど)で面白いやつだった。

そいつは八戸ではタワレコで働いて、東京きてからは下北沢のドラマというCDショップで働いてた。

青森に戻ったら少なくなったCDショップを青森で開きたいって言ってた。

すげー素敵な夢だと思った。絶対叶えて欲しいって思った。

そしていつか俺がメジャーでCD出したら、CDショップに俺のバンドのCDを置いて欲しいって思った。

そしてコメントを書いて欲しかった。本当にそうなればいいなって。

当時、青森ではCDショップも無くなり、楽器屋も全部潰れた。ライブハウスも潰れて、自分の思い出の場所が全てなくなっていった。

だからこそ、本当に素敵な夢だと思った。自分の夢にもなっていた気がする。

 

そんなこんなでボーカルが病んでバンドが解散しそうになりながらも、

なんとか進んで自主制作だったが、CDも作った。自分で言うのもなんだけど良いCDだと思った。

これからだった。

 

そのあたりからだったかな。自分は必死だった。

プロになりたかった。

ただ無策だった。本当に無策で愚かだったなと思う。

そしていつか自分が作った音楽で世界を変えられたらなくらいに思っていたと思う。

当時はシロップ16gとイエモン、hideを聴いてた。

特にシロップは自分の中の確たるものになっていた。

 

ある日先ほどの女友達から話があると呼び出された。

そしたらネズミ講を紹介されて、とりあえず話を聞いて、丁重に断った。

新宿のドトールでそいつと営業かなんか知らんけど謎の男と3人で話をした。

 

どうしちまったんだって思った。

そのあとに女友達と話をした。普通に他愛ない話とネズミ講はやめておきな的な話をした。

 

俺は気付けなかった。

 

その1週間後にその女友達の共通の友人から

「自殺した」

と話を聞いた。何を言ってるかわからなかった。

 

あんなに楽しそうにCDショップを開きたいと言っていたあいつが死んだ。

俺のCDを置いてくれると言った。約束をした。

自殺方法は練炭自殺。

なんとまあ自殺クラブか知らないけど、自殺したい人たちを集めて車の中で自殺をしたらしい。

確か栃木まで行ったのかな。なぜ栃木かはわからない。

21歳の頃だった。ちなみにそいつは自分と同年。

 

恐らく、1週間前に俺に会ってくれたのは助けて欲しかったんじゃないかなと思った。

一度告白をされたことがあるけど、友達としてしか見られず、振った。

それでもずっと友達だった。それでも遊んだり、色んな音楽の話をしていた。

ムックやゴイステが好きで、このバンドがってずっと話をしていた。

 

そこで1週間前に助けて欲しいと言うメッセージがどこかにあったんじゃないかって今でも思っている。

それかさよならの挨拶だったのかもしれない。

今でも俺にはわからない。ただそいつも俺と同じで家族を信じていなかった。色々あったやつだった。

それが原因かもしれないし、それか死ぬ勇気を音楽からもらっていたのかもしれない。その気はあった。

もしかしたら俺のせいなのかもしれない。苦しめていたのかもしれない。

もうそれも俺にはわからない。

 

そう。わからなかった。

わけわからなくて、泣いていいかもわからなかった。

そこが自分の中のポイントだった気がする。音楽ってなんだろって。

世界を変えるってなんだ。

 

ただの目の前の一人の友人も救えない自分に何かを変えることが出来るのかって。

そんな奴が音楽を語るなんてありえない、自分にはその資格なんかないって。今考えると音楽に資格なんてないのにな。

 

そこからバンドの方もボーカルから解散しようって話が出た。22歳の頃かな。

仕方ないかなって思った。

もがき苦しんだし、何を歌えばいいのか、何をベースに感情を込めて、音を、何かを伝えればいいのかわからなかった。

 

その時には音楽が怖くなっていた。そんな気がする。

死ぬために音楽をやろうとか謎の中二病みたいな考えも出ていた気がする。笑

 

自分には何がいいかわからなくなり、とりあえず働いていた。

なんでだろうって毎日思っていた。

もう自分にはあいつの夢を叶えられない。俺の夢を叶えられない。

もう届かない。届けられないんだなって。

そこからだと思う。

今の今までずっと悩んで、何をやるにしてもモヤモヤしていた気がする。

 

 

その時だった。

札幌に住んでいる高校の頃に仲の良かったバンド仲間(一緒にバンドは遊びで3回くらいライブした。)から

ベースとして必要だから来て欲しいと誘われた。

めちゃくちゃ悩んだけど、純粋に来て欲しいと言う言葉に嘘はないと思った。

こんな俺でも何かできることはあるのか、疑問はかなりあった、けれども何か出来るならと思って、

俺は札幌に飛んだ。

 

とここまでダラダラ書いたけどクッソ長いな!!!!

いったんここまでにして続きはまた書きます。

文字数やべえ。

 

音楽の出会いから毎日が充実して、そして音楽を怖くなっていったところ。と言う感じ。

音楽に出会って、色んな勇気をもらう人もいると思う。

生きる勇気や死ぬ勇気まで。

若いと言うか、

変な感情、重い感情を音楽に対してずっと抱いていた気がする。

音楽は音楽なのにね。

何を求めているんだって思う。

奏でているのは僕ら人間なのにな。

怖くなっても捨てることは出来なかったよね。暗闇でも音楽だけは聴いてた気がする。

 

生きたい時も楽しい時も苦しい時も美味しいご飯食べる時もそして死にたいと思った時も。

それは

俺の誇りな気がする。

文字で表すのは難しいけどね。

 

とりあえずまた書くぜ。

本当はもっと細かく書きたいことはあるけど、大枠として全体的なアレをきました。細かい部分はまたいつか。

ライブ。自分もギター弾いたり、ベース弾いたり、DJしたりとイベントに出演する。

 

そこでどうしてもモチベーションが上がらないイベントがある。

 

いやそこはプロとして(お金をもらう以上は)よく無いことだと思う。マジでその時は自分死ねっておもう。ごめんなさい。

ただどうしてもモチベーションが上がらない場合がある。

 

それはどんな時かというと

 

もう主催側がやる気がないパターン。

 

 

それに尽きる。

むしろそれしかない。

マジで。

 

 

近くギターでライブをするんだけど、まあそこのライブの主催側がうんこだなっと思っている。

うんこっつーか下痢だな。

 

時間はわからないわ、わかったとしても間違っているわ、告知はうんこだわ。

(俺がボーカルに見えていたくらい。それはそれで面白いけど。)

 

これはあれだ、

一部の人が見たらやばいとか思うのかもしれないけど、正直仕方ないと思っている。

 

というのも

仙台でのイベンターさんのレベルが高い。

 

 

これに尽きる。

まず出演してほしい要件がしっかりしている。

前回話したフライヤーもしっかりしている。

タイムテーブルや状況、どんな形でライブしてほしいかもしっかりしている。

 

本当にそれ。

ライブもDJもそれがマジでしっかりしている。

 

そこで急にうんこな依頼が来てしまうとついつい比較してしまうのも事実なのだよ。

だからそこは俺個人の問題であって、その主催が悪いとは思わない。

うんこだなって思うくらい。下痢か。

 

もし自分がイベントやる場合は、企画書を作る。

 

ターゲットはどこで、どのくらいの目安のお客さんが入って、

その分の売り上げがどのくらいで、ギャラがどのくらい渡せそうか。

そして推測しているタイムテーブルと時間を渡す。

 

それを渡してからようやくイベントが企画できると思っている、異常かもしれんが。

 

ただどんなイベントでもそうだけど、全員野球というか関わった人たち全員で作り上げていくイベントは最強だと思う。

わがままは悪と思う。

 

バンドやっているとわがままってすげー大事だけど、くそどうでもいいわがままはただのガキで邪魔なだけだと思う。

それをロックだと勘違いする奴もいるけど、単純にうざい。

大抵そういう奴の音楽は薄っぺらい。

そりゃそうだ。

時間も守れないうんこの音楽なんて、結局はうんこだと思う。

 

うんこうんこ言ったけど、何事も魂込めてほしいなーと。

俺も魂込めて動けるようにしたい。

 

マジでそれ。

 

 

今回のブログはつまらんね。

ただの愚痴だわ!!!おっぱい。