思い出日記

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思い出日記です。

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なんだか腰が痛むなぁ。😂肌寒いからかな。
皆さん梅雨の時節の冷えに体調を崩さぬようお気をつけください。

母の育てている、合歓(ねむ)の木の花が開きました。通りを往く人が「珍しいですね!」と声を掛けてくれるそうです。
雨粒を乗せて幻想的でした。


今朝ほど、
幼馴染みのまきちゃんから
父へのお供えにと
立派な桃と梨を送って頂きました。

なにより
彼女の温かな心遣いが嬉しかったです⭐️


早速、父の初盆にお供えさせて頂きました。


その後、2時間ばかり冷やして
待ってましたとばかりに
桃を
ぱっかーん!🔪🍑
しました。


⇩見よこの断面の麗しさ!

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スマホのカメラではなかなか肉眼には勝てないのが口惜しいのですが、
この瞬間の感動をとどめておきたいので
ブログに載せておきます。

もちろん、
この後わたしが大口開けて桃にむしゃぶりついたのは
言うまでもありません。

死者へのお供え後に生者がこれを喰らう。
無駄なしです。(*^^*)


瑞々しい甘さ❤️(^-^)/忘れません。
7月14日に父は眠るように逝きました。無事に葬儀を終えて、父はよく頑張って生きたなという思いが残ります。


父は浮世離れした人でしたが、決して他人のことを悪く言わない高潔な部分を持っていました。

私もこれからは見習いたいと思います。(^^;;


14日は、七十二候の

≪蓮始開~はす はじめて ひらく~

(7月13日~17日)≫の時期に入っています。

蓮の花は

泥(でい)より出でて泥に染まらず

とされ

美しい花が、泥の中から伸び立ち花開く姿が、古くから清らかさの象徴となってきたといわれます。

父への手向けの花は、その崇高な蓮が良いと考えているところです。


それでは涙を拭いて

花屋さんへ。^_-☆





父は
13年前から若年性アルツハイマー型認知症に苦しんできました。

本や映画が好きで、穏やかだった父が
文字を読めなくなり、映像を観られなくなり、やがて、夜中に頭が混乱していると叫んだり、徘徊や暴言暴力という段階を経て、自分で服を着られず、食事も取れなくなり、歩行困難になっていく様をずっと見てきました。

父は正気をなんとか保とうと、
何年もよく頑張ったと思います。

2月から3度目の入院中でして、
歩けず何も見えず話せず食べられず、
点滴と酸素吸入のみを受けていますが
延命はしません。

現在、父は敗血症で腎機能が低下し
おしっこが出なくなった為に
身体中に毒素が回っている危篤状態。

家族も、毎晩、病院からいつ呼出の電話音が鳴るかとビクビクしており、夜中もなかなか寝付けません。


昨日よりも
手足に浮腫みが出てきましたが
苦しそうに顔を歪め、肩を揺らしながら
努力して呼吸を続け、頑張っております。

父の隣に付いていると、
思わずその努力呼吸を、一緒になってしている自分に気づきます。

呼びかけには反応しなくなりましたが、
きっと家族が話しかけているのは
聴こえているのではないかと
勝手に思いながら父に話しかけています。


ですが、付いていてやっても、何もしてやれないので、時折父の眼からこぼれる涙や、顔や髪を拭いてやったり、おでこを撫でたり、手を握って話しかけたり、足を揉んでやったり…。

そうしていると、
私の脳裏に鮮明に蘇り来る、若い時分の父の声や姿、何でもない日常の古き良き思い出が一杯にこみ上げるのですが、
他の患者さんにカーテン越しに泣いているのが聴こえてしまわないように気をつけています。ナースステーションから最も近い緊迫感漂う病室なので、やはり気を遣いますね。

昨日は父の大好きな珈琲豆を選び、
挽きたての珈琲アロマを、
酸素マスク越しに嗅がせてみました。
喜んでくれたでしょうか。

明日は、父の好きだという
古賀メロディーでも、ヘッドホンで聴かせてやろうかと計画中です。


しかし
実際にこうして父が身動きとれぬまま努力呼吸を続け、ただ苦しんでいる様子を目のあたりにしていると、

医療の現場での倫理には反するのでしょうが、安楽死という選択肢があっても良いと
痛切に感じます。

願わくば、宮沢賢治のように、
死に臨む人に、心を付き添わせ、
怖がらなくてもいいと言ってやるような
人の最期の在り方があっても良いのではないかと思っています。

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