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石橋は叩き割る感じの
慎重派普通人間ですが
夏の終わり頃から、心機一転
色々再スタートしておりました。
夏前くらいから
少しずつ心境の変化が起きてたのかも![]()
自分にはどうにもできないことにモヤモヤしてストレスが溜まり、
メンタルがボロボロになりかけていました。
友人に会うのが苦痛になってきた辺りからさすがにマズイと思い始めました。
それがある日
他人に求めるのをやめて
自分が変われば良いんでないかい?
という感じの言葉がおりてきて
そしたら
思い当たることがゴロゴロ。
自分だって何にもできてないくせに人のことばっかり気にしてたんか。。
なんだかんだ言い訳して後回しにしたり、長年手つかずの問題が山積みなことに気がついて
とりあえず
簡単なところからひとつひとつ手をつけることにしました☆
どうか言わせてください😂
①まず、ダイエット⭐︎
体型はもう信じられないくらいだらしなボディになってしまっていたんです😭
久しぶりに会った友人や親戚が、私がすぐにわからなかったのがショックで目が覚めました。
→1ヶ月で3キロ減量♪
YouTubeで毎日痩せる系動画見ながら運動☆
顎が見つかり、肩の骨が見つかり、少しずつ色々見つかってます😁
次はくびれ探し中♪
②そしてこの半年、思春期息子へのモヤモヤを昇華できず悪循環を繰り返しておりましたが、、
目に入ってしまうとイライラが募って、小言をぶつけてしまったり。。
関係性がストレスになっていました。
じゃ
見なきゃ良いんじゃね?
→ということで、一大決心。
ダブルワーク😂スタート。
③転職活動スタート⭐︎
すぐにアラフィフの壁を感じ
同時に資格取得スタート。→面接まで1週間あったので、
かつて勉強していた資格を気合いで勉強し直して受けたら合格💮
→おかげで無事仕事も決まり、新生活スタート☆
隔日で職場が違うので、案外気分が変わってノンストレス。
幸いどちらも近いのでかなりありがたい♪
捨てられない物の山
→怖くてどうしてもできなかったヤフオク出品デビュー😂!
発送方法とかめちゃ予習して、遂に初出品☆
知育系漫画の全巻セットとか、続け様にポンポン売れて
本棚スッキリ〜✨
それなりに面倒くさいけど、
ブック⭐︎フに持っていっても小銭しかもらえないような物が、お札になる✨️
要するに手間賃ですよね。
でもその手間を恐れなければ、嬉しい臨時収入![]()
でも基本、要らないものって他人にも売れないですね![]()
![]()
⑤NISAスタート
とっくの昔に口座作って、ポチれば終わるとこまでやってたのに、勇気がなくて最後のひと押しが出来てなかったやつ。
遂に、ポチっとできました。
色々不安に押し潰されていたときは、たったこれだけのことができなかったんですね。
もっと早くやっとけば〜、と思うけど
それでも前進なら気にしない気にしない☆
息子も心配ばかりでネガティブな私を見ていたら、何にも挑戦する気力無くなっちゃうかもな〜、と思い
とりあえずどんなに小さくても、毎日何かに挑戦する人になろう♪と思い
動いた結果
3キロダイエットは
肩こりが超楽になったし
面接のスーツもギリギリ入った☆
何より身体動かすとポジティブになる気がする。
なんだかんだ動き出した?!
と思っていて
気のせいか、息子との関係も少しずつ雰囲気が良くなってきた気がする。
しんどい時はお休みして♪
無理なく、ちょっとずつ🤏
しんどい時に超ポジティブな人の言葉は暴力的に辛かったので
でももし、
どうにかここから抜け出したい、と思い始めたら
そしたら少しずつ
周りも何か動き出すんじゃないかな、と
これからもちょっとずつでもゆっくりでもいいから、
前に進めたらいいな😊
最近聞いた話
性自認が合わず
心を病んでしまったお子さん。。
生きていてくれればいい。
貴方は貴方のままでいい、と声を掛け続けたと涙ながらに語ってくださった。
その後、学校側が柔軟に対応してくれたこともあり
無事登校できるようになり
それから毎日
元気に通って、気付けばもうすぐ卒業。
なんと今はすっかり元の性自認に戻り
オシャレも大好きで
進学も楽しみにしているそう。
あの苦しかった時間はいったいなんだったんだろう、と話される笑顔が素敵で
感動しました。
元の性自認に戻ったことが良かったという意味ではありません。
ありのままの自分を否定されなかったからこそ、今の自分に辿り着くことができたんだろうな。
この話を聞いてから
私の中で長い間止まっていた何か
が動きだしました。
自分自身の目で確認するまで納得できない人もいる。
ダメと言われるほどやりたくなる。
兄がそうでした。
向こう見ずで野心家。
親がやめて欲しいことばかり選ぶ人。
厳格な父は彼を全く認めず、怒鳴りつけたり殴ったり
母はいつも泣いて、妙な宗教にハマったり
兄は反発して荒れに荒れ
正直兄が怖かったです。
大人になっても、私はずっと知りたかったことがありました。
ニュースで悲しい事件が起こるたび
「幸せそうなご家族だったのに」とか
「あんな優しい子がそんなことするなんて信じられない」とか言われる。
愛されて育ったのに
そうなる人とならない人の違いはどこにあるんだろう
兄は大丈夫だろうか、と
ずっと答えを探していました。
両親は兄を愛していたはず。
でも、どちらも
そのままの彼を認められなかった。
昭和という社会全体にそういう空気がありました。
非行とか不良とか、子供達を否定する言葉が沢山ありました。
どうすれば良くなるのか、と
息子が変わることを必死で願っていました。
兄はただ、自分の頑張りを認めて、褒めて欲しかったのかもしれません。
父が他界した頃から兄は穏やかになり
元々多才なので色んな挑戦や失敗を繰り返して
努力して今はそこそこ成功して頑張っています。
かたや
私は慎重で、怒られないよう周りの顔色をうかがっており
一見真面目でおとなしい職人タイプ。
母は小さい頃からいつも優しくて愛情たっぷりの人でした。
世話焼きで彼女の周りにはいつも沢山の友人がいる。
だけど成長するにつれ、私は世界や行動範囲が広がり
勇気出してなにかに挑戦しようとする途端
いつも母の顔が曇りました。
お金を貯めて、念願の留学先で充実した生活を満喫していた時も
母から「貴女が心配」という長文の手紙が何通も届く。
メールの間隔が少し空いたある日、
滞在先に母親から国際電話がかかってきて、出た途端に怒鳴られ延々泣き喚かれて茫然。
脚がガクガク震えたのを覚えています。
どんなに心配したか、という
母親の気持ちはもちろんわかっているんです。
でも母の「心配」という言葉がいつも私の自信を砕いてしまう。
沢山愛情を受けているのに
この苦しさはなんだろう。。
過干渉
当時はそんな概念は存在していなかったし、なんなら親が心配してくれているのになんて冷たい娘だ、という状況でしかなくて
そういうことがある度
私が悪いんだ、と落ち込んていました。
子育て中も何度も衝突しました。
妊娠中に手伝いに来てくれた時も
私が過呼吸状態になり
しばらく出禁にしたり
母はただただ、娘を心配して
世話を焼きたかっただけ。
そして今思えば、私はそこそここだわりが強い子だったんだと思います。
自分なりに頑張っていたつもりだったけれど
母のペースが合わなくてパニックになってしまう。
それからは少しずつ
母親と距離を取りながら接してきていました。
きっとまた心配するから、と
いつしか母に弱音は吐けなくなり
どんなに辛い時も相談はしませんでした。
それでも、長い年月かけて
心配されることが一番辛いこと
大丈夫だと信じて欲しいこと
伝え続けてきて
少しずつ母も変わってきてくれました。
そして先日、
たまたま仕事帰りに用があって
歩きながら母と電話して
いっぱい愚痴を聞いてもらいました。
いつぶりだろう
こんなに本音を話したのは。
いっぱいいっぱい泣きながら
いっぱいいっぱい励ましてもらいました。
他所の御宅のマンションのお庭で![]()
更年期なのかな。最近急にメンタル落ち込む時があって。
小さい頃みたいに、
そのままの自分を認めてもらえて
心から安心して感謝していました。
同時に、今までどんなに寂しい思いをさせてきただろう、と申し訳ない気持ちでいっぱいに。。
母は誰よりも私を知っている人だった。
本当は一番相談したい人だった。
ずっとずっと素っ気なくしてきてごめんなさい。
お母さん。ありがとう。
私あなたが大好きだったことを思い出しました。
どうしてこんなに長い間大切な時間を無駄にしてしまったんだろう。
今思えば私、
随分遅い反抗期だったんだなぁ。
思春期にちゃんと向き合わずスルーすると、私みたいに反抗期拗らせちゃうかも。
以上
心配だと伝えることが愛だと信じていた母と
ありがとうが言えなかった頑固な娘の
長い長い反抗期の話でした。