何書こうかと思ってたんだけど、たまには話すんじゃなくて書こうと思ってて。
ツイッターだと文字制限かかってめんどいし、他のアプリ使って投稿するのでも良かったんだけど、アメブロ投稿してたしここは古巣に戻って書くのもいいなと思ってアメブロに書いてみる。
アメブロ最後に書いたのアメリカ留学した時だし、もう6年経ってるんだな。
大学の寮の中で書いてたのかな、ブログにはまってたのかな。
勉強と寮生活で課題にも英語生活も大変だったけど、あの時の生活は充実してし、全部が新鮮で全部に本気で取り組んでた。
多分英語力、最低でもリスニング力とライティング力は上がってた。留学自体はいい思い出だしスキルも身に着いた。
ただ、人間関係を築こうとする思いは足りなかった気がする。
同じ留学してた日本人の子から交流イベントとか誘われても断ってたし、しぶしぶ行っても楽しくなさそうな思いだったの覚えてる。
多分あの時の俺には英語力に自信があった分、新しい人と関わるのに拒否感を覚えてた。大学終わってから寮とかスタバとか図書館で一人で勉強することも多かった。もちろん留学してたんだから、英語力鍛えるために行ってたんだけどそれだけが目的じゃなくて、新しい人と仲良くなって価値観を得たりして国際交流するって目的もあったんじゃないかなって。そこをはき違えてて、反省しなきゃって思う。
中学から塾に通ってそれなりに良い高校に進学して、その中でいっぱい勉強して良い大学に合格しようと普段の定期テストから頑張って勉強して大学に進学できた(希望した大学じゃなかったけど)。
高校まではガラケーだったしパソコン持ってないし、ゲームは時々する程度だったから勉強する環境としは今よりはるかに良かった。そういう意味では恵まれてた方だったし、おかげで留学もできたし、勉強面では好きなことを追求できたから後悔することはあまりない。
人間関係・・・恋愛も含めては後悔ばかりだ。最低限の友達はいた、グループに入ることもできた。ここでも俺は努力を理由に勉強にそれなりの自信があった。俺から遊びとかに関わっていこうと気持ちが少なかったんだな。卒業しても会って遊んでる投稿とか見るけど、そういえば俺ないやって思って。
きっとその場しのぎの関係を築いてたんだ。恋愛とかふーんみたいにしか考えてなかった。でも学校生活こそ大切なのは勉強とか成績以上に、卒業してからも近況とか言い合えるような仲間を作ることなんだなって感じる。
今の自分はその仲間をツイッターとかで作ったところで・・・みたいに諦めに入ってる。俺はゲイだからその的視点で言うけど、ネットで知り合ってリアルして付き合う流れになるのは可能性として充分あるとしてそっから長い同棲してからパートナーシップまでいくのってあるけど、可能性あるとしてもそこまでいくことってあるんだなって思う。
言い合える仲間作るだけでも大変なのにそこまでいくのってすごいなって。
限られた人口の中で、ここまで来ると人間関係築きやすい人と築きにくい人の流れがあるというか、運の要素が強い気がする。こんなこと思いながら年とって親も親戚もいなくなって一人になるのかもしれない。
最後少し妬みみたいになったけど、あくまで思いを書いただけです。