軽く、ゴミを拾ってみた。
大学生の頃。
家から、駅まで向かう道すがら・・、ゴミを拾って歩いた事があります。
「バカみたい」だと思われるかもしれないし
実際に、気のせいかもしれないけど、「冷たい目で見られた記憶」もあります。
だけど、確かにキレイになるんですよね。
また、他に・・「あーちょっといい感じ!?」を味わえる"おすすめ"があります。
電車内を転がっている空き缶を、自分の下車駅に着いたら、サッと拾って電車を降りる事。
※サッ拾って、スッとゴミ箱に捨てると、超カッチブー!です。
ぼくらの地球を守ろう
「人にやさしくするから、自分もやさしくされる」
これ、万有引力の法則くらいの、基本原則に入れてもいいくらい。
いきなり話は、少し変わるけど・・
●人にやさしくするには、地球にもやさしくしなくちゃいけない。(っぽいくない?)
人は、地球と共に生きてるもんね。
紫外線の量は、十数年前とくらべて倍以上になっているらしい。
2100年には、東京が今の鹿児島くらいの暑さになる予測があるんだっけ?
僕らの時代にも、影響あるけど、それだけじゃぁ~足りない。
100年後はもちろん、200年後、300年後、1000年後、はたまた1万年後の地球を意識において考えたい。
それは、1万年後の人たちを考えることになる。
作用反作用の法則の
この考えは、自分に跳ね返ってくる。
1万円後の人々を考えれられると
●自分の心にゆとりができる。
これが、 本当のゆとり教育。(・・・)
↑人間の幸せ不幸せの構造は、絶妙に、出来ているんだと思います。
お金は力なり
私たちは、経済が豊かな日本に生まれた。
多くの家庭は、お金が厳しいというけれど、少なくとも1日に100円くらいは、余裕があるんじゃないだろうか?
「そんな余裕ないよ!」と言う人は、大抵の場合
●心に余裕がない。
日本人が偉いわけじゃないけれど、物価の差は、国を越えれば、力になる。
いろんな援助の仕方があると思うけど、お金も力になる。
相手を思う気持ち、それと、その気持ちを正しく届けるシステムが必要。
システムは改善点は、多々あるだろうけど、ある程度はそろってる。
まず、気持ちが元。
龍馬さん、西郷どん、そして・・・コロちゃん。
坂本龍馬さんは
「わしは、土佐人じゃないぜよ。日本人ぜよ。」
と言ったか、言わないか・・、知らないですが。
「土佐人じゃ、なんじゃと言う前に、日本人じゃぞ!土佐人じゃ、何人じゃと、狭い話をしとるんじゃないぜよ!」
と、龍馬どんは、そげんきっと言うとるばい。
「個を大切にするんも、全体の調和があればこそ、成り立つんじゃと思う。」
じゃがね、
「全体を守るんも、個が幸せであればこそじゃ。全体を守るために、個が不幸せじゃったら、本末間違うとる」
結局は、全体も個も、両方、叶えにゃーならんと思う。
物事は、「共存共栄」か「共倒れ」。どっちかやと思うきに。
あんたさんは「幸せ」になりたいんやろ?
そしたら、選ぶ道は、「共存共栄」やきに。
あたしゃ、よう知らんけど「龍馬どんの考え」は、それに近かった気がするナリ。
それが、みんな、心身わからず、幸せになろうなろうと、必死になって「隣の青い芝生」を刈り取っとんちゃうやろか?
今も昔も、それに「気付いたもん勝ち」なんちゃうかねぇ
むしろ、それに気付いて、伝えて「みんなで勝つ」=「ALL WIN」をつかむ。
それが、結局「ハッピーエンドの形」なんちゃうやろか?
国を愛さず、人を愛そう!
賛成・反対あるでしょうが
「愛国心は、むしろ、必要ない」と思ってます。
「愛地球心」「愛人類心」「愛隣人心」は必要だけど
「愛国心」は、必要ないと思います。
排他につながる「愛国心」は、絶対必要ない。
早く、国が県のようになって欲しい。
愛国心が、"面白い色"をつける場面は、オリンピックなどのスポーツの時
"エンターテイメント"として愛国心は、面白く熱狂できるキッカケになるけど、普段は必要ない。
※人にひどい怪我をさせたり、国の関係を悪くするほどであれば、せっかく のスポーツも、残念な結果になる。
国を自由に選べるようになって、今の日本でいう、県などと同じ扱いに早くなって欲しい。
「愛国心」の裏には、「外国はどうでもいい心」が潜んでいるから
「愛国心」が世界を乱すときもある。