『内村鑑三 所感集』・225頁より;
『貧すれば宗教家をして、自己(おのれ)を慰めしめ、富めば娼婦をして同一のことをなさしむ。これ今の日本人の多数のなすところなり。かれらの目的は単に慰藉を得んとするにあり。慰藉にして得られんとするにあり。慰藉によって得られんか、その種類と方法とはかれらのあえて択まざるところなり。キリストと娼婦! これ同一の日本人がその境遇の変化によりてその慰藉者として迎うる者なり。パウロいわく、「なんじらの身はキリストの肢(えだ)なるを知らざるか、われキリストの肢となして可(よ)からんや、可からざるなり」と。コリント前書6章15.節。』
清秋記;
「蟹はその甲羅に似た穴を掘る」との諺どうり、自分の小さな考えで、行動し、他人も、その枠で判断する傾向がありますね🇯🇵
実は自己の小さな枠を超えれば、新しい素晴らしい光が見え、その行動にも善なる変化が顕れまし🏳️🌈
キリストに帰依することで、全能の神に至る道を発見します♦️
🌐聖霊を与える約束🌐
『あなた方は、私を愛しているならば、私の掟を守る。私は父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなた方と一緒にいるようにして下さる。この方は、真理の霊である。世はこの霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなた方はこの霊を知っている。この霊があなた方と共におり、これからも、あなた方の内にいるからである。』
(ヨハネによる福音書14章15ー17節)
それでは、皆様、御機嫌よう💗
https://ameblo.jp/kiho-te77/entry-12705181273.htm
