19歳、という微妙な年齢。
いや、
年齢が微妙なのではなく、
私の存在が微妙。
このことから
目を背けられるのであれば、
背けていたいけど、
私の人生において、
「何者でもない時間」は
きっと少ない。
だから、
もどかしさも
苦しさも
言葉で表せない
この微妙な気持ち全てを、
この身に刻むように、生きるだけ。
私の代名詞を失ってから、
3年目になるのかな。
「学生」という言葉が、
どれだけ私を守っていたのか、
感じる機会は少なくない。
自分の身分を、
偽ることも
ありのままに話すことも
両方してきた。
両方してきて思うことは
ただひとつだけ。
めんどくさい。
偽ることは、
当たり前だけど、
話を合わせていかないといけないから、
自分の設定を壊さぬよう
話さないといけないのが
めんどくさい。
だったら、
ありのままの私を話せばいいと、
何もしていないこと、
引きこもってること、
どうして高校を辞めたのか、
どうして大学に行かないのか、
私は問われた質問に
淡々と答える。
偽ることに、
疑問を抱くなら、
本当のことを話せば、
疑問を抱くことはないと
思っていたけど、
全然違ったんだ。
私のことを話す。
私はありがたいことに、
私の存在や私の考え方に対して、
他人に
否定されたことはない。
「十代でこんなこと考えてるなんて、すごいね」
と、褒められることさえ幾度もある。
でも、違和感でしかない。
相手が反応に困ってしまうような
身の上話をすること。
それに罪悪感は、全くない。
だって、
それが私だから。
でも、
同じ話を繰り返すうちに、
自分で自分の選択を
正当化しているようで、
気持ち悪い。
誇示しているようで、
気持ち悪い。
たまたま
今の時代では、
私のような「選択」をする人が
少ないだけで、
無論、すごくないし、
選べる選択肢の中のひとつでしかない。
これを、
会ったばかりの見知らぬ他人に、
話すのもどうかと思いはじめてる。
高校を辞めました。
大学には行ってません。
引きこもっています。
何もしていません。
だから、何だろう?
今の私には、
その後に続く言葉が欲しい。
その経験を経て、
何をしたいのか。
何をしていきたいのか。
これからどうなりたいのか。
もう過去のことは
話し尽くしたから、
そろそろ
今を含めた未来を語りたい。
語れる自分になりたい。
過去は
事実ではあるけれど、
その経験が
今の私を構成しているけど、
私の代名詞にはならない。
私はきっと、
何かがしたいんだ。
一生懸命になれる
何かが欲しい。
特別これがしたい!は無いんだよ。
でもね、
見つかってから動くのは違う。
動きながら、もがきながら、
その、
「これがしたい!」は創られる。
きっと。
待つばかりじゃなくて、
自分から未来を迎えに行こうよ
紀穂
