契約取るまで帰りませんから!
気付けば夕方の6時、仕事帰りが増えてこれから在宅率が上がる時間帯。
一方で、ファミリーマンションの家族世帯は主婦が夕食の準備をし始める頃。
一家団欒で食卓を囲んでいる時に、ピンポンし続けるのは流石にサムイ。
出来る営業マンは曜日や時間帯によって攻める対象を変える。
それはマンションの訪問営業も例外ではない。
帰宅で在宅率が上がる夕方以降、即・決裁者となる単身世帯を攻めることにした。
そして夕方の業務連絡で森主任に放った一言が冒頭の一文だ。
とにかく気合いだけは負ける訳にはいかなかった。
初日から、結果はどうであれ根性だけは見せる…いや、
必ず結果を出す。
そう決めていた。
午前中、日中は在宅率が悪く殆ど見込客に会えていない。
そして、夕方になった。
もう後が無い!
俺は直押しの3階建アパートの前に立っていた。
戸数は30弱…と言ったところか。
どことなく怪しい雰囲気のアパート、後ろには山。
住人の生活音を聞き分ける為、耳を澄ますと遠くでヒグラシが鳴いているのが聞こえた。
とにかく、集中している。
自分の心臓の音も聞こえてきそうなくらい。
1階からピンポンしていく。
その間、2階、3階、そして駐輪場の物音にも気を配っていた。
漫画・ハンターハンターの念能力”円”をしている気分だ。
とにかく、どんな些細な生活音も見逃さない。
俺の”ゾーン”に何かが触れたら即・気づく。
そんな感じ。
駐輪場に誰かが来たら、すかさずキャッチする!
ピーンッ…ポーーーン
古い直押しアパート独特のインターフォンボタン。
プラスチックの凸凹がドアに付いているスタイル。
よって、こんな音がするのだ。
ガチャ。
既に2階に上がっていた俺は、無心で目の前の扉をピンポンしていた。
お兄ちゃん、なんや??
ん??なんとなく怪しい感じのオジサンが出て来た。
しかも、ちょっとイカツイ。
咄嗟に表札を見ると、個人名では無く屋号が書いてあった。
イザナギ金融
…。
これ、ひょっとしてヤバイやつかも。
そんな思いが突如頭に去来したのだった。
続く。