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bombnekoとわいらいとゾーン

貯水塔写真集の先を越されてしまい悔しい生き物、bombnekoです。

各地で見つけたなぞの建物、廃テンション、トワイライト物件を中心に紹介しつつ約束の地、焼津をを目指します。

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ベンチかよ!

刈谷SAと言えば田んぼとトヨタの工場しか見えない観覧車ですが、そんなものをこの私がネタにするはずもなく、トイレ脇のベンチです。こいつは丸太を一本使ってますが、地味にお金かかってないか?という気がします。

田舎は木が安い?さいですか・・・



iPhoneからの投稿

さて本日は給水塔です。


給水塔とは?





団地などでよく見かけるこれ↓の事です。



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昔はポンプの性能が十分でなかったり、停電により水の供給が止まったりすることを防ぐため、


またあるいは十分な水圧を稼ぐために用いられました。


最近ではメンテナンスのめんどくさい給水塔は廃れつつあるようです。屋上の個別タンクか、


地下に設置された加圧ポンプで水圧をかけるのが主流です。





しかし独特の形状と巨大なサイズは圧巻です。


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これは都内、たしか立川だったはず





こちらも立川某所


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給水塔は見慣れた風景の中に突如現れる非日常な異質さを備えた建造物ですが、


周辺に住む人々にとってはあくまでも日常の一部なのです。


外部から訪れることで初めて異質さが際立つのです。





我々が眼にする多くの建造物も、我々の日常に溶け込んだ誰かの非日常でもあります。


旅に出ることで初めて非日常の一部に気付くことができるのです。





というわけであらたなる非日常を求めて明日は焼津に向かいます。


今日はこの辺で。








昨日の謎の建造物の正体ですが、しまなみ海道に近い瀬戸内海の小島という島にある、


日露戦争の際に作られた芸予要塞小島砲台跡
です。


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これな





小島砲台は芸予要塞の一部で、1900年に竣工し1904年に完成しましたが、


豊予海峡に豊予要塞の新設が決定し、1924年に廃止されています。


その後、小島砲台のみは当時の愛媛県波止浜町長の陳情により町に払い下げられ、


当初から公園・史跡として保存されてきたようです。


太平洋戦争の開戦に伴い放置されていたようですが、70年代に再整備され、


さらに坂の上の雲関連でまた最近整備されているようです。


小島砲台の28cm砲は日露戦争の旅順攻略戦に使われたとかなんとか。





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弾薬庫。屋根は抜け落ちている





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砲台跡。





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小高い丘の上に設置された司令部跡は展望台になっている。




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砲台設備は遊歩道で結ばれており、地元有志によって整備されています。





島へは今治市の波止浜港から連絡船で10分程度です。


SHIMAP【アクセス情報】船便 [ 波止浜(今治)~来島~小島~馬島 ]



http://www.go-shimanami.jp/access/g.html





廃墟にしてはきれいに整備されすぎな感がありますが、非常に歩きやすいため


ちょっとした散歩がてら訪問してみてはいかがでしょうか。


島をぐるっと一周して1時間から1時間半程度です。




さてさて本日から書き始めたいと思います。





実はこのブログ、今週末にとある合宿で焼津まで行くのですが、


その時にアクセス数をどれだけ稼げるか合宿参加者で競争していたりするのです。





焼津までにどれだけ廃テンションでトワイライトな物件があるか


謎が多いところですが、このテーマでがむばってみようと思います。





では今日はネタフリのみ。



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割と有名どころですので、分かる人には一発でわかる予感。






ヒントはこちら。


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回答はまた明日!