通夜の夜、僕1人、セレモニーホールに泊まり母との最後の夜を過ごした。

最近の通夜は、夜通しではない。通夜式と食事で2時間余りで終わる。

食事の残りとお酒を買い込み、サッカーを見ながら酔いが回り、眠くなるのを待ったが、いっこうに眠くならず、逆に冴えてくる感じ。

母の所に行き、お線香を焚きながら話し掛ける。結局、2時間置きに一晩中それを繰り返すこととなった。

お別れだ、それはそれでいい。


朝風呂に入り、身支度を済ませて、参列者を迎えた。

今日は月曜日、今日こそは近親者のみだろう。

直前打合せで、姉に母への手紙など読むか?聞いたら、書いて来た手紙を棺に入れるだけで良いとのことだった。

住職さんを迎えて、告別式と初七日の法要を執り行った。

弔電紹介の後、母の生い立ちや姉と僕が書いた母への感謝や思い出がナレーションされた。


そして、最後に喪主挨拶となった。

「本日はお忙しい週始めにも係わらず、母の告別式にご参列賜りありがとうございました。

生前、皆様方よりご厚情を賜り母に代わり感謝申し上げます。

母は○月○日の夜、虚血性心疾患により81歳の生涯を遂げました。

(型通りの挨拶を終え)

親族だけなので、検案書とは違う死因の可能性を話して置こうと思います。尚、死因に関し公式発表を変えたいものではございません。


先々週の土曜日に、僕はいつも通り月に1回の病院に連れて行きました。

その時、母が歯が痛いと言うので、病院の後、痛み止めでも処方してもらおうと歯医者に連れて行きました。

財布を失くしてしまったとのことで、一緒に入っていた保険証が無かったのですが、なんとか診てもらいました。

院長先生が「1年放って置いた右奥歯が化膿して、骨まで化膿しいる為に腫れている。これは、ここ歯科では無理で、出来るだけ早く口腔外科で診てもらって下さい。紹介状を書きますので、明日は日曜日でお休みなので、月曜日に予約してから行って下さい。今日は、抗生物質と痛み止めの頓服を出して置きます。」との事でした。

母が診察室から戻って来て、マスクを外してもらうと、凄い腫れてました。相当痛かったのを我慢していたのかもしれません。


一方、先週の金曜日に、いつも母が綺麗にしていたお庭を掃除していたら、なんと母の財布が見つかりました。まるで、僕に見つけて欲しかったかの様です。現金、鍵、保険証等全て入ってました。

その中に、僕と土曜日に行った歯医者とは別の、僕が見たことのない新しい歯医者の診察券と領収書が入ってました。レントゲンは撮ったけど、お薬の処方はありませんでした。初診日は先々週の水曜日でした。その時は然程腫れてはいなかった様です。


そこで僕は土曜日に行った歯医者から頂いた紹介状を見てみました。

そこには「蜂窩織炎の疑いあり」と書いてありました。ネットで調べると、これは細菌やウィルス性の病気で、敗血症等も引き起こし、最悪のケースもある事が分かりました。

もしかすると、母は細菌により突然心臓が止まってしまったのかも知れません。

苦しまなかったと信じてますので、それが唯一の救いですが。

(いつの間にか、涙で視界が歪んでいた。)


母は処方された抗生物質は飲んで無かったのですが、痛み止めの頓服は2錠飲んでました。

もしかすると、母は、知っていたのかもしれません。

月曜日に僕が迎えに来て、病院へ行けば、手術や入院となる。そうなると、サラリーマンの僕に迷惑がかかると。

だから、痛み止めだけを飲んで堪え、抗生物質は無理に飲まなかったのか?

僕に、もう十分だよっ、もうこれ以上介護しなくていいよ、って、最後の最後まで、息子への愛情たっぷりの母だったのだと思いました。お母さん、ありがとう。これで挨拶とさせていただきます。」


その後、棺の中の母は、これでもかというたくさんのお花で埋め尽くされた。そこには、母のお財布も入っている。絵が好きだった母が、毎日眺めていた、僕の娘が賞を取った絵の写真も入っている。

もうすぐ親父に再会だね。


続く?