中受→不登校→通信制と側から見たらドロップアウトに見えますが

中学時代はクラス45人中38番という深海魚でしたが

通信で一年間充電して初めて塾に行きたいと言い出しました。

文系志望で河合塾。元々読書が好きで考え過ぎるきらいもありました。中学時代は深読みし過ぎる、もっと楽に解けと言われ続け、得意科目の現代文でもかろうじて平均点。

やっと、羽ばたき始めました。

最大公約数的な解答を求められるシステムがどこまでも合わなかった。

最難関国語クラスが楽しいと。もっと難解なものをやりたいと言ったら、先生が松濤社の上級現代文を勧めてくれたと喜んでいる。

かつての劣等生は、環境が合わず窒息していたようです。

思考が深過ぎる息子は泥くさい努力が苦手。ノート作りも碌にせず、サボっているように見える。
テストは問題用紙に一つも書き込みをせず、講師が驚く。汚くなるのが嫌だから書かない。ハガキサイズのカードにオリジナルノートを作っている。

世間の物差しなんて当てになりません。

不登校で悩んでいたからこそ、あの時期はアイドリングをしていたのだと。環境をガラッと変える事を恐れないでください。