今朝想ったことは、カタチあるものは、限りがあるということ。

生まれたカタチには、限りがある。
生まれるというのは、いつか死ぬということ。

死んだら終わり。

そんなイメージを、頭のどこかに持っている。

確かにカタチあるものとしては、終わる。

でも、終わらないことも、確かにある。
それは、父が教えてくれた。
父は私の中で、今も生きている。
そのことで、教えてくれた。


いつか、私も死ぬ。
そして、私の存在どころか、私の名前ですら、
この世から埋もれてしまうだろう。
それでも、私は生き続ける。


人の命だけじゃなくって、
友情とか、
プロジェクトとか、
会社とか、
生まれたもの、全てにおいて。


なんだか、そんな気がした。


そうやって、つながっている。


あの世と、この世。
過去と、未来。
わたしと、あなた。


お父さん、なんで死んじゃったんだろうって
子どもみたいなことをずっと想っていたんだけど
そこにはそんなに意味はなくって、
めぐってるってことなのかなって、最近想う。


4年経つと、なんとなく全体像みたいなものが見えてくる。
少し客観的にものごとを捉えられるようになる。
そんなことを想う、今日この頃。


最近、プレミアムモルツばっかり飲んでたけど、
今日はお父さんが大好きだったエビスを飲もう♪


お父さん。ありがとう。

いっぱい愛してくれて。
今もずーっと愛してくれて。
ありがとう。



過去に書いたブログも貼っておこう。
振り返ると感慨深い。

●1年たって書いたもの
六月。父を思う。

●2年たって書いたもの
父が亡くなって2年。今日想うこと。

3年たって書いたものがなかった・・苦笑




生まれること、生きることを考えることは、死を考えること。
死を考えることは、生まれること、生きることを考えること。
たぶん、この2つはセット。
45歳くらいになったら、いろんな方と掘り下げてみたいテーマ。

なんで45歳なのかは、不明・・笑