キドラの憂鬱と微笑 -200ページ目

キドラの憂鬱と微笑

施設の介護の事 特に 認知症ケアの事
自分史 振り返り
ファンタジー文学

哲学科哲学専攻でした。

実は名ばかりで席を置いていただけで

哲学的思考方法を

自分のものにできたかどうかは

はなはだ疑問ではあります。

担当教授は

ご自身「在日韓国人政治犯事件」の

個別「政治犯」の救援運動をされていて

むしろ僕の関心は

入学しすぐにそちらの方に向きました。

当時(1976年以降)の学生運動は

個別の問題に関わっていくような

ムードになっていました。

全共闘運動の流れをくみながら

例えば、

部落解放運動であり

三里塚闘争であり

韓国民主化闘争であり

反原発闘争であり

女の解放運動であり

障がい者解放運動でありました。

エトセトラ…。

それぞれの運動に特化した学生が

情報を交換しながら展開するという

形だったように思います。

革命を目指すセクトは

そういう個別の運動を

自らのセクトの運動に取り込もうとし

個別の運動は各セクトを

自分の運動の下部に位置づけていました。

各セクトは一般に

個別の運動のもとでは

セクト間の争いごとは

持ち込みませんでした。

当時の雰囲気はそんな感じでした。

と、こんな事を

書こうとしたのではありません。

ホンマは哲学の復興の必要性を

書きたかったのです。

哲学について素人でしかないのに

にもかかわらず、

哲学の復興について書きたくなったのは

それが今の時代に必要な気がしたのです。

ちょっとテーマが大きかったかな。

近いうちにチャレンジします。