見る者の立ち位置を表す言葉です。
むかし、「お化け煙突」というのが
あったのを聞いたことがあります。
調べると東京都足立区にあった
千住火力発電所の4本の煙突を言うそうです。
ぼくは実際には見たことがないのですが
ドラマや漫画や小説で何度か
見たことがあり
その存在を知っていたのだと思います。
4本の煙突は見る角度や場所により
それぞれ重りあうので
3本になったり2本になったり
1本になったりするというので
「お化け煙突」といわれていたようです。
また見え方により
それを見ていた人がどこにいるのかを
想定できるのです。
という物語があったように記憶しています。
この話しをとても面白いと思い
覚えていたのです。
観察者の見る位置により見え方が違います。
そして観察者自身が自分の立ち位置を
把握していなければ
より客観的な観察はできないのです。
例えば歴史学における「史料批判」も
その1つなのでしょう。
歴史的文献は
多くその当時の為政者によって
作られているという事を踏まえ
その視座、視点をおさえ
より客観的な事実につなげます。
またそれを分析している観察者自身が
知らずに持っている意識が
どんなものかを知らなくてはなりません。
メディアリテラシーと言われているものも
そういう類のものです。
メディアが報じているものが
どの立場で報じているかを
より確認する必要があります。
また同時に
そのメディアを享受している自分が
何を潜在意識の中に埋め込まれているかを
より自己省察しなければなりません。
例えば
「人を殺したら死刑は当然だ」
という社会では
「死刑」に誰も疑問ははさみません。
しかし国連をはじめ
世界の潮流は死刑廃止になっています。
だから流れにまかせれば良いのではなく
その時はじめて
自分自身と「死刑」が出会うのです。
視点・視座に対して
より俯瞰する立場の視点・視座が
必要なのです。
ネットの読み取りにも
実はその立場が大切なのですが
ネットの読み取り手には
勢いに同調し、勢いに反発するだけで
視点・視座を見すえる目が
浅薄なのが目につきます。
ネットという手軽さの
弊害なのかもしれません。
手軽さが表現の垣根を超えているのは
良いことなのですが
読み取り手は
も少し賢こなってほしいものですね。