取材ノートの余白から

 

 インタビューや取材は私などの仕事には欠かせないもので、その方の業績やプロフィールについて前もって知識や情報の準備が必要だし、話を聞く段取り、「ここを聞かなくちゃ」という記事のポイントを把握しておくことも肝心である。それ以前に、身なりや挨拶の仕方まで、とりわけ京都の伝統にかかわる分野の方には失礼にあたらないような配慮が求められる。考えてみれば、とても気の張る仕事なのだけれど、同時にやりがいも楽しみもあるものだ。とりわけ普段めったにお目にかかれない文化人や企業人、政治家から職人さんや店のオーナーなど、各分野のプロフェッショナルな方との対話は、記事作成に必要な部分以外のできごとも、後々まで長く、心に残っていたりする。

 

取材ノートに記した文字の合間や空白のエリアに息づく、見えない記録をたずねて…。

 

(1)能楽鑑賞ときもの 

 

 ある能楽師のインタビューは、能楽堂の階上にある応接室で行われた。壁には岳父にあたられる高名な日本画家の絵が掛けられ、数人で寄せていただくのにちょうどいい広さの落ち着いた空間だった。流派御家元ということで、はたまた失礼ながらそのご風貌から、少々話しづらい方なのではという先入観があったけれど、意外にも穏やかでお話し好きな方だった。

 当然とはいえ能楽に関する豊富な知識、そしてそれを次々に例を挙げながら具体的に話してくださる。能にはいろいろな種類がある、という話のなかで聞かせてもらったのは「キリスト教の能だってある」という初耳の情報。それはどんなものなのか、とても興味をそそられたけれど、時間の関係もあり、深くお尋ねせずに取材の本題に戻った。

 

 場所を移して、舞台を背景に御家元の写真を撮ることになった。ディレクターやカメラマン、アシスタントら数人がアングルを決めたり機材を配置したりして動き回っている様子を、御家元はそばで静かに見守っておられた。間をつなぐためでもあったが、せっかくの機会なので、取材以外の話題として、以前に能楽の会に寄せてもらった時に私が感じた印象をお話しした。

 

 「お能を見に来られる方は、格の高いお着物で来られますね」

 

 京都の中高年以上の世代、また着物愛好家なら常識的なことだが、着物には「格」というものがあ

り、それに伴って自ずと着ていく機会や場所が暗黙のうちに決まっている。うちの母などは、やかましく、自分はそんな高価な着物など持ち合わせていないのに、なぜか自慢げに話したものだった。「結城や大島の紬はたとえ数百万もするものでも披露宴やパーティーなど華やかな集まりに着るものではなく、そういう晴れがましい席には付け下げ、訪問着など染めのきものを着る。紬のきものは高価であっても能楽や歌舞伎の観劇などの場で着るものである」という”装いのルール”があることを。

  

 能楽堂で目にしたのは、付け下げや訪問着で艶やかに装ったきもの姿の女性たち。中には数人、紋付きの方もおられた。能楽鑑賞という観劇の場であるにもかかわらず、着物の”暗黙のルール”を超えて、格の高い晴れの着物で来られる方が多かったのが、お能に対する鑑賞者の配慮や意識が感じられて印象深かったことをお伝えしたかったのだ。

 私の言葉に御家元はにこやかにほほ笑まれ、軽く頭を下げられたのだった。