小学校低学年くらいの時、
毎日がつらくて、
ピアノの練習で怒られてばかりで、
自分を否定されて、、。
顔をつねられたり叩かれたりするのは
当たり前だった。
母はピアノの時に怒り狂うことはよくあったが
この頃から他のことでも怒り狂うようになった。
なので一日中母の機嫌を見て過ごさないと行けなくなった。
母がずっと怒っている時は
これ以上怒らせないように細心の注意をはらった。
それでも理不尽に怒られて
叩かれることも多かった。
私は痛みを感じないようにしていた。
叩かれたら
あっ、今叩かれたな
と冷静に感じるくらいになった。
ある日私はどうしたらこの生活から
逃れられるのかを考えていた。
私はマッチ売りの少女の話を思い出して、
マッチで家を焼いたらピアノもなくなるし
いいんじゃないかと思った。
私はその日の夜にマッチで家を燃やそうと思った。
両親が寝ている時だったらバレないかなと思って。
夜にこっそり起きて、
外の玄関に行ってマッチを取りだした。
パパやママが死ぬかもしれないと思ったけど、
そんなことよりもこの苦痛から逃げたい気持ちのが強かった。
でも、家を燃やすことは出来なかった。
当時私が住んでた家は
借家の一軒家だったが、
その時の大家さんがとてもいい人で、
私にも優しくはなしかけてくれたりしていた。
私はマッチに火をつけようとした時、
その大家さんのことを思い出した。
大家さんのことを思い出して、
もし家が燃えたら大家さんが悲しむかな。
と私は思った。
それで私は家を燃やすのを諦めた。
あの時マッチに火をつけていたら
どうなっていたんだろう。
私の望む人生は手に入ったのかな。
当時私の母がヒステリックに怒っている
怒鳴り声は近所の人は多分聞こえていたと思う。
だけど、誰も何も言わなかったし
通報されることもなかった。
私は児童養護施設の存在を知って、
私もそこに行きたい
と思っていた。
でも、誰も助けてくれなかった。
ずっと我慢するしかなかった。