歴史のない日本人  

 

             ――敗北者たちの姿見――

              1868~1945

 

 

 

 

        

                                           潮流

 

     ――真夜中

   突然、戦艦三笠が爆発し沈没した。

 三笠?!!

 …そう、日本海海戦で奮戦したあの日本連合艦隊の旗艦である。

 1905年(明治38年)9月11日、午前1時37分。

 戦争の真の終結と言える講和交渉の妥結が9月5日であったから、それ

 からまだほんの六日しかたっていなかった。

 5月28日終了のあの日本海海戦からしてもわずか三ヶ月後のことであった。

 死者は339名にのぼった。

 日露戦争の余韻まだ冷めやらぬ中でのそれは大惨事であった…



  「岩畔中佐…」

 呼ばれて、岩畔は思わずハッと我に返った。

 話し終えた後、彼はしばし沈黙していたらしい。
 つい物思いにふけっていた。
 「…まだ思うところがあるのなら皆述べよ」

 それは労わりのこもった声であった。 

 天皇はそう促した。

 彼の顔に浮かんでいる憂いの色を、天皇は決して見逃してはいなかったのだ。

 「アッ、いえ…」

 と岩畔中佐あわてて否定した。

 そんな彼を天皇は穏やかな目で眺めている。
 「すべてを、…吐露せよ」

 なおそう重ねて促すと静かに微笑んだ。
 半ば戸惑っていた岩畔も、そうまで言われては立ち上がるしかなかった。

 「ただ、なんといっていいか…

 なにか運というものを強く感じたのでございます。

 なんと申していいのやら、…どうも安心して預けきれないと言いますか、ス

 ッキリ収まり切れないものがありまして…

 ――ただ、それだけのことなのでございますが」

 そう言って彼は何か釈然としない顔をしているのだった。

 その表情からは高揚感や浮かれた気分は全く伺えない。
 ともかく彼の言葉はどうにも歯切れの悪いものだった…

 が、意外にもなぜか天皇は無言で頷いていた。

 「…運か?」

 そう言うと、今度はしばし天皇が考え込んだ。

 ややあって顔を上げると、
 「岩畔、三笠の爆沈のことではないのか?」

 という。

 岩畔はハッとした表情になった。

 それを見て頷きなが天皇はら言うのだった。

 「あれは、…多くのものに衝撃を与えた。

 そして…

 単に日本だけでは無かったようだな」

 岩畔は恭しく頭を下げると言った。

 「その通りでございます。

 実際、各国からお見舞いの電報が寄せられたと聞いております。

 それは日本人には勿論のことでしたが…」

 「さぞかし日本国民も驚いたことであろうよ」

 そういって天皇は何度となく頷くのであった。

 「その影響は甚大だったと思います。

 たとえばでございますが、日露戦争で活躍し有名になった秋山真之中佐が、

 それが原因で宗教研究に没頭するようになったともうわさされております」

 「三笠は沈没したのですか?」

 傍らから唐突に素っ頓狂な声を挙げたのは秋草中佐であった。

 福本中佐がお前知らないのかと言わんばかりに、少し蔑むような眼差しで秋

 草中佐を窘めた。





  岩畔は改めてその事故の詳細を述べた。 

 「三笠が沈没したのは、日本海海戦から三ヶ月後の9月11日のことです。

 場所は帰還していた佐世保港内。 

 午前0時20分、三笠で火災が発生。

 深夜、これを知って集まってきた佐世保港の海上及び陸上の防火隊が懸命に

 炎上する三笠の消火活動を行いましたが火元がわからない。
 そうこうするうち、午前1時37分、後部左舷の弾薬庫が爆発、艦体の左側に

 大きな穴があきました。

 三笠はここから激しい浸水に見舞われます。

 午前2時30分、ついに三笠は沈没し海底に着底しました。
 この時点での全死傷者数は599名とされていましたが、結局死者339名とな

 りました。

 日本海海戦死者数のそれはなんと三倍弱です。

 この事故はそれをはるかに上回るものとなったのです。

 海軍としても、これは史上初の弾薬庫爆発事故となりました」

 「長官たちはどうなったのですか?」

 秋草中佐が尋ねた。

 「事故当時、主だったものは挙げるとすれば三名でしょう。

 連合艦隊司令長官の東郷平八郎。

 艦長の伊地知彦次郎。 

 艦隊付属軍楽隊長瀬戸口藤吉。

 この三人は上陸していて無事、なんとか難を逃れたようです。
 ただ、軍楽兵の多くは事故で殉職したそうです」
 「いったい原因は何だったのですか?」
 「当初さまざまな説が唱えられましたが、結局火薬の変質ということに落ち

 着いたようです」

 「いわゆる膅発(とうはつ)事故というやつですね。

 海戦中も戦艦三笠、敷島、日進でも発生していたというあの…」

 福本がボソリとつぶやくと、岩畔は頷いた。
 「紐状火薬の自然変質が原因とされました。
 左舷火薬庫には格納された紐状火薬がありましたが、これが自然変質し、い

 わば曖昧な燃焼をはじめていたのをしらなかった。

 やがて局所温度が増加していくうちに発火点にたっし爆発したものとされま

 した。
 三笠以外の各艦を調べてみると、どれも同じような現象が起こっていたのを

 発見しました。
 海軍は狼狽しました。
 海軍はただちにこれを全部棄却、ある一定年限をこえた火薬は交換する、と

 いう規定を作って安全を図ったそうです」

 



  「運と言えば、それは歯車と歯車の組み合わせということになろう。

 問題は、それがどうかということだろうな。

 我々はいわば小さな歯車である。

 それが、目に見えぬ巨大な力を持つ歯車に、上手くかつこちら側には好都合

 にかみ合ってくれたかどうかということになる。

 そうであったら幸運、そうでなければ不運だな。

 しかし、こればかりは制御が難しい!!

 巨大な歯車をどうのこうのはできんぞ。

 所詮こちらはちっぽけな人間…

 どうしてもあなたまかせにならざるを得ないわな。

 つまりこれは<天>の配慮の問題だということになる。

 これはまた、別の観点から見れば時のズレともいえるだろう。

 その機会に上手く出会えたなら、そうなる可能性は高いからな。

 もっとも、それも簡単とはいえない。

 たとえば欧米では<幸運の女神に後ろ髪は無い>というそうな。

 彼女の後ろ頭は禿げ頭、髪は前にしかないということだな。

 そうなると、これは出会い頭に掴むしかない、いきなりな。

 勝負は一瞬である。 

 『アッ、今のは幸運の女神だ!』

 などと思ったら、つまり後ろ返ったらもう遅いのだ。

 問題はタイミングということだな。

 また、運不運は偶然か必然かがよく問われる。

 偶然性が強ければ運が良かったということになる。

 必然性が高ければ、人の意志、才能、努力の結果ということになるのだ。

 さて、…はたして日本は運が良かったのか悪かったのか?」
 そう言って天皇は少しばかり天を仰いだ。

 三人は海戦戦闘中にすでに膅発事故が発生していたことは承知していた。

 幸い大事には至らず戦闘は終了したのだった。

 そしてその後にこの大事故は発生した。

 もし万一海戦中に…

 さぞかし海軍関係者は肝を冷やしたことであろう。 

 日露戦争は実に際どい勝利だったということになるからだ。

 なるほどこれでは岩畔中佐が手放しで喜べないわけである。

 さらに今の彼にはもう一つ深刻にならざるを得ない理由があった。

 迫る日米戦争である。

 これあるがゆえに小国対大国の戦いという構図は何かを強く彼に暗示するの

 だった。

 もしも日露戦争勝利がただの幸運であったというのなら、もはや日本にとっ

 て救いようは何もないではないか。

 こうなるとどうにも抑えきれない落胆の淵には絶望が浮かび上がり、彼女は

 立ち上がって彼の背後にこれ幸いと長々と暗い影を落とすのであった。

 

 

 

  

  「運も実力の内です!」

 そう力強く言い放ったのは秋月中佐だった。

 天皇は思わず笑った。

 そして言う。

 「確かにな。

 そもそも覚束ない人間の行為を運だ不運だと評するのはいかにも似つかわし

 いことである。 

 これは仕方ないね。

 しっかりと納得がいくことだ。

 実際、だいたい上手くいくことに人々は何かしら幸運を感じているではない

 か。

 そこでだ、実際には戦争に勝ったのだから幸運は認めよう。

 認めていい!」

 そういって天皇は彼の言葉を肯定した。

 しかし、ほどなく天皇は首を振りだした。

 「ただ、うーん…問題は本当にそれだけだろうかということだな。

 …うん、…本当にそれだけだろうかね?」

 この辺りから天皇の口ぶりが変わった。

 それは一転する兆しを見せた。

 「日本は単に幸運だっただけ!!

 朕は、――この結論は承服できない。

 朕は人間がちっぽけなものであるがゆえに、それがそれなればこそ、そのち

 っぽけな力に大いに意義を感じる存在だからだ。

 それがたとえ微力でもな…」

 日ごろ意志を重視する天皇らしい。

 「まんざら捨てたものではなかろう。

 もちろん主役ではないことは認めるけれど、脇役の力は十分にあると思って

 いるのだ。

 それは幸運を招き寄せたり、場合によっては不運を避けたりするだけの力は

 発揮する。

 実際、常識を超えた方法で勝利したものたちを多数見ているので、朕はそう

 確信しているのだ。

 だからむしろ問うべきは何がしかの人間の行為、知恵、努力ではないかと。  

 戦いは幸運(勝利)をめぐる争いだと見るなら、この考えはいっそう魅力的

 なものとなるだろう。

 流れに乗る、あるいは流れに逆らうなどという言葉もあるしな。

 その辺を考えたらどうか、と思うのだよ。

 そうするとな、当時の日本の指導者たちがとった行為はなかなかのものであ

 ったということが浮かび上がって来るのだ」

 

 

 

 

  「日本はただ流されたわけではないと?

 ――とりあえず思考ではないと」

 岩畔の問いに天皇首を振った。

 天皇はその否定部分に反応したのだ。

 「かって竹田市出身の広瀬中佐はシベリア鉄道の完成に今しばらく時間がか

 かるという貴重な情報を探り出してきた。

 ロシア軍は満州への補給に難があるということだな。

 日本はこの情報に基づいた行動を果敢にとった。

 ロシアとの闘いはいわば<無限の恐怖>との闘いである。

 また<枯渇の恐怖>との闘いでもある。

 いわば無限と有限の戦いということになる。

 そこで日本はこれを有限と有限の戦いにしようとした。

 つまりそれを少しでも緩和するべく、敵を<有限>に近づけるべく、シベリ

 ア鉄道完成前に敢然と戦争に打って出たのだ。

 今を好機と見て、日本は先手を取った!

 日本はこれで主導権を握った。

 その時期は日本が決めたのだ。

 自らの意志で自らの判断でそれを決定した。

 これは必然だ、決して偶然ではない!

 運不運で大事にされる機会で、日本は明確な意思を示したのだった。

 これによって勿論その時は分かるわけはなかったが(それは天が決めること!)

 戦争終結の時期は決まったといえる。

 これは大事なことだよ。

 もしそれがダラダラと引き延ばされていたら、とんでもないことになってい

 ただろうからな。

 かくして戦いは戦艦三笠沈没前に終了したのだ。

 これはほとんど必然であった」

 「…… ……」

 

 

 

 

  「なぁ、貴公たち、

 私がいいたいのは、…この戦争は随所に日本の指導者たちの意志と努力と知

 恵が溢れているということだ。

 それが何かを引き寄せたのだよ。

 そしてそれは何か目に見えない力強い流れを生み出した。

 そうだな、強いて言うならば勝利への潮流とでもいうような。

 その流れを作り出し、日本はそれに乗ったのだ」

 三人は頷いた。

 彼らは天皇が語った言葉を思い出していた。

 天皇から見ると世界にはあちこちに歯車が転がっているのだそうな。

 だからそれを余すところなく活かせないかと考えるのだ。

 そしてそれらがうまくかみ合うような組み合わせを考える。

 良い方向に向かうように、つまり勝利という方向に…

 それが戦略なのだと…

 彼らはだからすぐに思い当たった。

 ―― 善き戦略は運を生む!! 

 天皇は<戦略>というものの重大さを指摘していたのだが、併せてこう言っ

 ていたのだった。

 その戦略は<意志>から生まれる!と。

 彼らは天皇が早くから明確な対アメリカ戦略を保持していることはすでに察

 知していた。

 その詳細は分からぬまでも、それがいかに優れているかは確信していた。

 その背景に、彼らはまたもや触れることができたのだった。

 彼らの脳裏には、巨大な黒潮に乗って未来へ向かって推し進む日本の姿があ

 りありと浮かび上がった。

 

 

 

 

  「陛下のお話を伺っておりますと、我らとの違いは鮮明です。

 陛下はよく人が大切と申されますが、陛下の戦略はそれが反映されたものと

 受け取ってよろしいのでありましょうか? 

 我々平凡人はどうしても兵器だの武器だの弾薬だのあるいは兵員だのと…

 まぁ物量面しか目がないのでありますが、つまりは軍人同士の衝突、戦闘面

 しか考えていないわけで、 そうなると<無尽蔵の>アメリカには絶対に勝て

 ないと結論付けるほかない。

 理論的に…となるわけです。

 そしてまぁいわばその無尽蔵の恐怖に屈服します。

 自らの枯渇の恐怖に打ちのめされるわけです。

 まぁ戦う前から負けているという情けない状態です。

 さすがにアメリカ相手では空元気も出ない。

 つまり陛下に言わせるとまことに<常識的な判断>に達するわけです。

 陛下からは大変頭がいい。

 秀才であり、いかにも官僚的銀行員的であると褒められますが…

 しかし、少なくとも陛下のお考えは我らとは同じではない。

 そのお考え、今少し知れたらなと思うのですが…」

 いささか自虐的に岩畔中佐はこんな質問をした。

 「戦争は人と人との闘いだよ!

 兵器だの武器だの弾薬だのあるいは兵員だのだけの戦いではない。

 ――朕はそう思うのだ。

 むしろそれが中心だと思っている。

 だから結果は分からない。決めつけることはできない。

 そもそもだ、もし物量ですべてが決まると思っていたら、我ら小国に生きる

 道はないぞ。

 もしそうならば、何とか戦わないようにするほかないだろうな。

 自分を守ろうとするなら、道は一つだ。

 逃げることだよ、何処までも。

 流浪の旅を続けることだ、宇宙の果てまで、そして永遠に…

 どこであろうと、決してとどまってはならない。

 それでは必ず戦いになり、そして殲滅されるからだ。

 日本列島に留まり、あくまで日本列島で生きようとするのならば、戦って勝

 つしか道はないのだ!」

 

 

 

 

  「もう一つありますな」

 こう言って口を挟んできたのは福本中佐だった。 

 皮肉たっぷりであった。

 「戦って、完膚なきまでに叩きのめされて敗北したあと、アメリカ人の奴隷

 になることです。

 植民地人になることですよ。

 そして彼らに洗脳されて、俺たちは独立国の人間だと信じて、ご主人様に従

 順にお使えして生きることです。

 そうすればこの地で安楽に生きていけますよ。

 ただ生きるだけですが…」   

 心配そうに見つめる二人を前に、彼は平然としている。

 天皇はニコリともせず黙って聞いていた。

 そして静かに肯いている。

 「朕は戦争にはもう一つの面があると信じている。

 だから小国にも勝てるチャンスがあると思っている。

 今日に於いてもだ、いや未来においてもである。

 それを実に見事に証明してくれたのが日露戦争であった。

 日本の相手は今度はアメリカになるが、もし将来、小国であるどこかの国が

 ロシアと戦うような時は、その国はぜひあの日本を見習ってほしいものだ。

 その時もそれは有効である。

 その国は日露戦争の日本と同じ戦いをすればいいのだよ。

 ロシア人の弱点を突いて日本は勝った。

 日本は人と人の戦いで勝ったのだ。

 いや人と人の戦いに持ち込んだのだ。

 いわば政治・外交・宣伝戦で勝ったといえる。

 もっとも戦略的な方法で、日本は勝ったといえるだろう。

 武闘・戦闘でケリをつけようとしている限り、物量戦で対抗しようとしてい

 る限りその国は決して勝てることはないだろう。

 必ずや負ける!

 ロシアと同じ戦い方を決してしてはならないということだな。

 ロシアと同じ土俵で相撲を取ってはならないということだよ」

 しばらく考え込んでいた岩畔がこう問うた。

 「つまりどの国民にも、人間的な弱点があるということですか?

 それを突けば、必ず勝機が生まれると。

 いわば武闘はそこに辿り着くための手段だったにすぎないと…」

 天皇は破顔した。

 

 

 

 

  これを見て岩畔は、逆に考え込んでしまった。

 あの時、日本のあるいは日本軍の何がその弱点を突いたのだろう。

 何か特別なイベントがあったとでもいうのだろうか?

 我々が知らない、まだ誰も気づいていない何かがあったと…

 ――彼はすっかり途方に暮れてしまった。

 我々は何かを見逃している!!

 そういうことなのである…

 それこそが、日本をロシアに勝たせた真の原因なのである。

 彼はここまで来て、初めてロシア国民の国民性というものを真正面から考え

 てみる必要性を強く感じたのであった。

 それはおよそ今の、いわゆる軍人らしからぬ思いかもしれない。

 しかし、情報員としては最も必要なことかもしれなかった。

 ロシア国民の性情…

 言われてみるとこの国は確かに不思議さに満ちているのだった。

 何十年たとうと、たとえ何百年たとうとそれは変わらないかもしれない。

 だから天皇は、その知識は将来もし日本と同じようにロシアと戦わねばなら

 ない小国が出てきたときには、それがその国の運命を決めるだろうといった

 のである。

 それは、日露戦争の日本と同じように戦えば必ず勝てるということでもある。

 決して軍事面で張り合ってはならないと…

 天皇は戦争についてこうも言っていた。

 「小国にとっての戦争とは敵国の国民をいかにに動揺させるかなのだ。

 ここにすべてがかかる。

 いわばそれが<勝利>なのだ。

 軍事面・戦闘に勝つことが決して勝利ではない、ということを肝に銘じなけ

 ればならない。

 国民民衆が戦争反対を唱え始めたらそれで戦争は終わる。

 いかなる独裁者といえどもそれには抗することはできない。

 民衆大衆と敵対したら、彼(独裁者・専制者)は終わりである。

 こちら側としては、そうなるようにいかにうまく攻撃するかである。

 彼の権威が完全にガタガタになってしまうような戦いを仕掛ける必要がある。

 敵国民が独裁者に反抗するような戦いをいかにして実現するかを懸命に考え

 なければならない。

 彼(独裁者)の弱点は国民大衆の性格の中に存在する。

 独裁者も彼等と同じ価値観の上に存在しているからだ」

 また、こうも言っていた。

 これは多分完全にロシアを意識しての言葉だったと思う。

 天皇は民衆・大衆の心理をこう説いて聞かせてくれた。

 「独裁者とは<皇帝>である。

 この国では彼はただの指導者ではない。

 信仰の対象なのである!

 彼は国民が<神>と仰ぐ何かを守護する存在だからである。

 だから<神>に近きもの、<神>に次ぐ者なのである。

 絶対者なのだ!

 よって彼は失敗が許されない。絶対に敗北は許されない存在なのである。

 だから、その彼が願う戦場でいくらドンパチやったところで、小国が目指す

 目的のものは決して手には入らないのだ。

 そこにはそれは「ない」ということである。

 そこには敵の<心臓>は無いのである。

 つまり敵にはどれだけの犠牲も許されているからである。

 彼ら(ロシア国民)の求めるものは独特で、戦いの勝ち負けなど彼らにはあ

 まり意味がないのである。

 だから小国は自分好みの別の戦場を開かなければならない。

 敵が大切にするものを争う…

 そこならば敵である国民の心臓に大砲の球をぶち込むことができるだろう。

 もちろんこれに対して敵国民は激しい<怒気>を発するに違いない。

 ただしその時、彼らが怒る相手は敵ではない!

 <自分たちが最も大切する何か>を守り切れなかった者に対しての幻滅と裏

 切りに対する怒りなのである。

 つまり彼らは自分たちの独裁者を攻撃するようになる。

 それは幻滅が惹き起こした<裏切られた>という感情に基づく。

 彼らの<崇拝>感の裏返しである。

 それの程度は尋常ではない。恐ろしいものになるだろう。

 それは<完全であることしか認めない>という激情が起こした行為なのであ

 るから。

 そもそも<皇帝>であるべきではない者が彼ら民衆・大衆を欺いて、その位

 置に居座り好き勝手を働いていたのである。

 いまや力喪失のあきらかな<皇帝>に完全に幻滅した彼らは、もはや何も期

 待できない役立たずの偽物の存在を決して許そうとはしないだろう。

 当然これを排除しようとする。

 今までと打って変わった彼らは背後から独裁者に襲い掛かるのだ」

 「独裁者も大変ですなぁ…」

 秋草がポツリと漏らした。

 すっかり途方に暮れた岩畔にかろうじてわかったのは、ロシア国民は<古い

 国民>である、ということであった。

 西欧諸国民とはずいぶん違う。

 おそらく確かにそれは何十年何百年たとうと変わることは無いのではないか

 と思われるのだった。

 おそらくそこから何か意味を、天皇は汲み取ったのであろう。

 それがロシアの強みであり、また弱みであるというような…

 西欧人がそれを知らなければそれは強みとなるのだった。

 そうなると戦場に彼らの<心臓>は無いということになるのだから。

 別の戦場を作らなければ勝てないということになるからである。

 思うに、偶然か必然かは判然し難いが、日本はそれをやったのだ。

 だから勝てた!

 岩畔は思い起こしていた。

 そういえば天皇はアメリカ国民の性情はしっかりとつかんでいた。

 天皇の対アメリカ戦略は、同じようにそれを知ってのことであろう。

 天皇の洞察力の凄さをあらためて思い知らされたのであるが、そうなるとま

 すますどうしても気になるのがロシア国民の弱点であった。

 いったいロシア国民の弱点とは何なのであろうか?

 

 

 

 

  突然だった。

 天皇が秋草中佐の名を呼んだ。

 「そろそろ明石二郎大佐の話を聞こうか?」

 ふっくらした顔の秋草中佐がかなり高揚した表情で立ち上がった。

 「秋草中佐、貴公が一番熱心で一番詳しいというからな…

 彼はいわば貴公たち陸軍中野学校の<御先祖>に当たる。

 ロシア国内にゆさぶりをかけたその彼の功績が無かったら、これまた日本の

 勝利は決してあり得なかったであろう」

 と語りかけたのだった。

 次いでこう言う。

 「彼は帝政ロシア崩壊の伏線を敷いたのだ。

 ある意味、後のソ連邦誕生の立役者だったといえる。

 トドメは別だがね。

 それまでの下ごしらえをしたのは、まさに彼にほかならなかった。

 それまでの日本側のあらゆる功績を光に例えるとすると、すべての光がただ

 一点に集中するようにと、彼は素晴らしい準備を整えたのだ」

 そして、

 「時至れば、世界は発火する!

 …あと一つ整えばだが」

 と、謎のような言葉をつぶやいた…