言語聴覚士という「ことばの専門家」になって20年。 私の仕事場は、常に教科書通りの訓練メニューではなく、目の前の人の「生きた会話」の中にありました。
患者さんがふと漏らす本音。くやしさ、悲しさ、そして一筋の希望。 「あいうえお」の反復練習を機械的にこなすことよりも、その人の「心」が動く瞬間に立ち会い、一人の人間として誠心誠意、言葉を返し続けること。それが私の譲れない矜持でした。
「正解」から外れる恐怖と、忍び寄る孤独
しかし、病院という組織の中で、私は常に「周囲の評価」という見えない刃に晒されていました。
周りのセラピストたちが、エビデンスに基づいた数値的な成果をテキパキと出していく中、一人ひとりの患者さんとじっくり向き合い、時にはただ静かに言葉を待つ私の姿は、効率の悪い、甘いやり方に見えていたかもしれません。
「あいつは何をやっているんだ?」 「もっと数字で結果を出せ」
直接言われなくても、背中に刺さる無言の圧力を、私は痛いほど敏感に感じ取っていました。専門家としての「正解」から外れている自分。その孤独感が、少しずつ私の心を蝕んでいったのです。
忘れられない一言と、消えない「虚しさ」
そんなある日、リハビリを続けてきた一人の患者さんが、パッと顔を輝かせて言いました。
「……話せるって、嬉しい!」
その瞬間、私は一緒に喜びながらも、心の奥底で冷たい風が吹くのを感じていました。 「もし、私ではなくもっと『正しい』訓練を提供できる人がいたら、この人はもっと早く、この喜びを手にできていたのではないか?」 「私のやっていることは、ただの遠回りな自己満足(偽善)ではないのか?」
目の前の笑顔を信じきれず、自分を責め続ける日々。 正解のない問いに応え続けようとした私の心は、ついに15年目、「適応障害」という形で悲鳴を上げたのです。
過去の自分へ贈る、最高の肯定
暗闇の中にいたあの時の自分に、20年経った今の私は、確信を持ってこう伝えてあげたい。
「そんなことはない。その人のあの笑顔と、伝えてくれた言葉がすべてだよ。」
効率や数値では測れない、魂と魂が触れ合った時間。 教科書を閉じ、周囲の目を恐れながらも、一人の人間として向き合い続けた20年。 あの時、私が選んだ道は、間違いなくその人の人生を照らしていました。
「よく頑張ったね」と、今は迷わず自分を褒めてあげたいのです。
次回予告
周囲の評価に縛られ、心が折れてしまった私。 そんな私が、どうやって「周りの目」を気にしなくなり、自分らしい生き方へとシフトできたのか。 その「転換点」となった出来事について、次回はお話ししたいと思います。