人は人智を超越した事象を目の当たりにすると、何でも擬人化するのが好きです、ギリシャ神話やインド神話や東洋の神話でも大自然の各々の事象や圧倒的なパワーを神の為すモノとし、逆にそんなパワーの使い手として神を創造し、その擬人化された神の一部から人間が創造されたとか、分からないモノを解ったように説明するのが好きです、その存在を説明をする時に万物の霊長たる人間の延長としてしか頭の中に描きにくいし説明もしにくかったのかも知れません、個人的にデザインとしては好きなのですが、太陽や月も人間の顔になります、太陽の顔は時に厳しく、時に穏やかにその表情を表現され、月は大概三日月形でシカトした横向きの表情に、その色合いにも相まって少し冷たい雰囲気があります、昔々大阪万博の時のシンボルの太陽の塔に付けられた顔も、この影響を受けたのかも知れません、太陽や月に留まらず、人は自分達が制御出来ない大自然のパワーを、様々なシーンで神にその役割を分担させていきました、山の神、海の神、風の神、雷の神、大地の神、川の神・・様々な幸を産み、人間を養いながらも時折荒れ狂い災害をもたらす神々を恐れ、畏敬と感謝を込めて供物や生贄をささげてきた歴史もあります、東洋には痘神という幼い子供をはしかなどの流行病で時折連れて行く病気の神様もいます、科学や物理や医学の発展で神々の業は説明され、ある部分は迷信と結論付けされましたが、大自然のパワーに抗える術は人間には無いという現実は昔のままです、ゆえに、人々は信仰をもち神を畏れるのです、ギリシャ神はの中に時の神クロノスという神がいます、時間を擬人化した神です、時間の流れも人類にはどうしようもない事象だと創造したのでしょう・・
時間は空間とセットになって切り離すことが出来ないと、かのアインシュタイン博士はこの世界を時空間と呼びました、時間という概念は物質の運動によって初めて意味づけられます、逆に物質が運動を停止すると、時間は無くなります、それだけに止まらず物質そのモノも消滅します、物質は素粒子がスピンしたり場を造ったりして存在し、その素粒子もエネルギーの一形態であるので相互作用や運動とは別個に出来ません、動きそのものが存在であるので動きが止まると存在である空間も消え去るのです、空間はモノが動くことによって存在し、動くという事は時間そのモノなのです、空間=運動=時間と言うことになります、この世の全てのモノは動いています、地球にしたって、その複雑な螺旋運動が止まれば地球としての時間は無くなるでしょう、但し急激にその動きが止まってしまうという事はありません、何十億年かけて太陽が膨張し、太陽に飲み込まれるか弾き飛ばされるまでは地球であり続けるでしょう、たとえ巨大隕石が衝突して地球上の生物が絶滅することがあっても地球としての時間は残るでしょう、しかし生物の時間は終ります、巨大隕石が地球の動きを少しだけ変えるだけで、その上で生きる生物にとっては存続に係わる事象なのです、でも生物を構成する物質が消え去るということではありません、生物と言う物質の一形態が無くなるだけなのです、地球は惑星そのものが形造られた黎明期の後、時たまそんな隕石の襲来に見舞われていることが地質学で解っています、その度に生物は大量に地上から姿を消すことになりましたが絶滅はしていません、生物ごとに個体ごとに住む場所と動きと時間が異なっていたからです、残った生物は生態系が変わることによって新たな進化を遂げ、永遠の時間をモノにする挑戦を続けています・・
時間は物質の移動によって刻まれます、その移動の変化の量を速度としていて、そしてその速度は最高速度が光波や電磁波が伝わる速度とされています、秒速約30万キロメートルで、一秒で地球を7周り半すると言うことは広く知られていますがこれはほぼ真空中を伝わる波の速さであり、光子や電子の移動速度ではありません、具体的に太陽の熱輻射を考えると解り易いかも知れません、太陽の中で核融合によって宇宙空間に莫大なエネルギーが様々な形態で放出されますが、伝わる途中のほぼ真空の空間は波の最高速度で伝わり物質にぶつかる事によりその周波数が発現され光波であったり電磁波であったりします、熱輻射は、遠赤外線暖房の様に可視光の赤色の外にある人間の目に見えない光のことで何かのモノに当たることによってそのモノを振動させ熱を出させます、目に見える赤い色はついでに出ているだけで赤外線そのモノではありません、エネルギーは空間を波立てることに消費されその波がぶっかる物質を励起させ熱となるように、光も同じ伝わり方をし人の目や検知センサーに当たり初めて様々な色の光として認識されます、光を含めた電磁波に種類があるのはその波の周波数の種類なのです、この周波数の違いが様々な素粒子の種類をも造っているという理論もありますそのときは閉じた輪ゴムのような弦ですが・・ギターの弦を爪弾くと、弦が振動します弦の太さや長さにより、振動が正弦波になる状態を作れます、その波の頂点がいくつあるかが周波数で音の音階を決めるのです、その波が隣の弦の波と干渉したり共鳴したり混ざり合い綺麗な和音になったり耳に不快な雑音になったりします、最近は有線で電磁波を伝えることも多くなりましたがラジオもテレビもそんな周波数を持った波を2つの発信アンテナ間で行き来させ増幅して空中に電波を飛ばしています、地球上は真空ではないので空気の分子にぶつかり局が遠いと伝わる電波も弱まるし障害物で遮蔽されたりもします、珠に電離層に反射して遠くまで届くこともありますが・・
光を素粒子としての性質のある光子として扱うと、その速度は伝える媒体によればかなり速度を遅くも出来るようです、電子も同じです伝導体の中を伝わる自由電子の移動速度は人間の歩行速度程度でしかありません、しかし現実は導体を瞬時に伝わります、これは電気の流れが電子の流れだけでは無いと言うよりメインはそこに無いということなのです、人類は様々な自然現象を科学的に解明しようと努力し、仮説を立て、つじつまが合えば理論建てをします、でも体系化された理論でも時が過ぎれば、新しい理論が台頭してきて塗り替えられることもあります、現在は巨大加速器やスーパーコンピューターなどを駆使し、未だ勝手人類が経験したこの無い領域の解明しようと、様々な実験やシュミレーションによる解析が進められています、しかし、実際は未知の領域の入り口でうろうろしていると言うのが正しい表現でしょう、時間とは運動そのものであるので全ての素粒子が時間であり、全ての物質の形態がそれぞれの時間なのです、全人類どころかオケラだってミミズだってミジンコだってみんな時の神クロノスなのです、そうすれば擬人化されたクロノスのイメージは宇宙の彼方へぶっ飛んでしまします・・・