東南アジアか何処かの昔のスタイルの屋根が観えます、反り上がった軒の屋根に太い柱、その下では一人の年配の男が作業しています、作業台の上には沢山の空の小瓶、その横には何かが書かれた紙片があり、その横には嵩の低い箱があり、その中に紙片が小瓶に入れられた状態で整然と収められています、男の容貌は肌は浅黒く褐色で、アフロみたいにカールした白髪ですが頭頂部は禿げ上がり、ちょうど,お茶ノ水博士のような頭です、鼻は高いが鷲鼻で両目は深く、奥の方から眼光が鋭くギラついています、(あっ!俺だ)時代物の衣装を着た風貌は実際の私とは似ても似つかないモノですが、自分であることが判ります、そしてしている作業は空の小瓶に紙片を詰めて箱に収めていく作業です、空の小瓶は一つずつ意匠が異なり同じものはありませんそして紙片に書かれているものも全て別のものです、人間を組み合わせています、この身体にこの魂、この器にこの精神・・・
一台の立派な馬車が近づき作業場の前で止まります、御者が操る白馬6頭立ての馬車は白色で統一され、馬車の中には同じく白色で拵えられた甲冑を身に着けた将軍様(あっ!どうも)、白粉を塗ったような白い肌に切れ長の目、眉はドロロン閻魔君のように(古い)一文字に輪郭から飛び出ています、鼻筋の通った品のある端正な容貌、赤い唇から発せられた言葉は・・(この度は、あちらのお方の因縁で《と西の方角の空が金色に染まるところを掌で促し》
あのモノと《涼しい眼差しに一瞬嫌気が走った》夫婦となる為、人間界に行くことになった、その折、そなたとは母子となるだろうから、それを伝えに来たと・・
あのモノとは・・どんよりとした空の雲の隙間が広がるようにして映し出された映像は・・ 深緑というか青緑というか統一された彩色の8頭立ての戦闘馬車に乗り、手の指の股全てに長い鞭を持って生き物の様に操り、進行方向にいる豆粒程の大きさの人間達を追い立てている、同じく統一された色彩の甲冑に身を包む容姿は恰幅の良すぎるちょうど中国の京劇に出てくる神将のようないでたちで、貌は恐ろしい形相のハクション大魔王(毎度古くてどうも・・)といった感じです、(どりゃぁ~貴様ら~もっと精を出して働けぇ~)と縦横無尽に暴れ回っているモノのことで、逃げ遅れた人間たちは無慈悲に馬車の車輪の下敷きに・・
馬車そのものを操るのは、その神将のようなモノと比べると5分の1程の背丈ですが、それでも人間たちと比べると何十倍の大きさの御者・・冷めた表情で残酷な主人をチラ見して(こんな事を続けているとその内、罰が下るのに~)と、我存ぜぬといった感じのこの男は(兄貴?)・・・次の瞬間、空の一点にまるで魔法のランプに吸い込まれるように映像が渦を巻きながら洗面台に貯めた水が流れ落ちて行くように姉他家族になるモノ達を引きずり込んで消えていきました・・・
この話は昔、私が家族の因縁が知りたくて見た白日夢です、何か絵空事の構成ですが私にとっては、なるほどなといった一部辻褄が合う部分もあります。その後、何かの機会で親父の家にお坊さんが来て仏壇にお経を上げてくれた後に興味深い話を聞かせて貰いました、そのお坊さんは占いなんかも研究されていたそうですが、そのお坊さんがおっしゃるには、君の親父さんは前世、龍の国の庭の守をしていた、庭の守といっても神様の端くれなので自尊心がすこぶる高い、自身の不始末で自分の担当する庭の木を全て枯らせてしまった、その罪を償う為だけに人間界に降ろされてきた、自分自身は太陽の火だが、燃料となる木を一本も持たずに・・おまけに仕事だけは普通の3倍も4倍も持っている、だから何時でも欲求不満ばかりで満足できることが無い、先祖や神様に奉仕する仕事までもっている、通常こんなバランスの悪い人はこの世に長居出来ない、20歳過ぎまで生きられないのだが・・
君の母親は人の3倍も4倍も木を持っている、大地にしっかり根を下ろしている木なので少々傷つけられたり枝を払われてもびくともしない、こんな人も珍しく、いかにして出会ったのか、君の親父さんは君の母親の木を分けてもらいながら生命を維持している、君の母親も一方的に削りとられても耐えれる強さはあるが、女性の形ではない、男以上の苦労を強いられたはずで、おそらく前世は男性でしかも名のある人だったかも知れ無い・・君自身も親父さんの手に負えない、こなし切れない仕事の荷物を半分は担ぐことになりそうだと・・・
中国の諸子百家の時代の世界観で陰陽五行説というのがあります、現在でも占いなんかの根拠になったりしていますが、この世は陰と陽の五行(木、火、土、金、水)で構成され全ての事象を説明しようと編み出された概念です、例えば火は、陽の火は太陽で陰の火はろうそくの火、火は礼を表し、方向は南、そして人間の臓器なら心臓、影響を受ける器官としては眼とかの具合いです、陰と陽を組み合わせて色々な事象に当てはめるのですが、考え方自体は面白いところもあります、木は火を生み火は土(灰)を残し、土からは金(金属)がでてくる、金は水を清くし、水は木を育てると循環していきます、そして火が礼なら木は仁、土は信で金は義、水は智を表すとします、礼は人が神様に膝まづいて貢物を奉ずる形で贈り物をする心、礼儀のことです、木は仁を表し、人が二人と書き、社会の基本となる人間関係で必要となるもの、愛の概念にも近いです、土は信を表し心は人の発すべき言葉と書き、嘘偽りの無い信用の元となるもので、義は上下に分解して羊と我、羊は美の上の部分で美の意味があるそうです、繋げて我を美しくするということ、俗に言えば良い格好をするという意味にもなりますし、美しい責任を果たした行動をとるという概念です、水は智を表し、水は方円の器に従う、相手に対し臨機応変に対応できる自由な発想や考え方のことです・・・だから親父に必須の木が無いということは・・・・
道端で小さな蜥蜴が苦しそうにうずくまっています、一人の商人が通りすがり、何故か憐れに思い連れて行くことに・・診ればあちこち傷ついて今にも死にそうです、効くかどうか判りませんが薬を塗り、飲ませ様子を見ました、時間は掛かりそうですが少しずつ回復しているようです、根気よく世話を続けると、幸いなことにほとんど問題が分からない位元気になりました、元気になると食欲も沸く様で沢山食べるようになりました、沢山食べると体が大きくなり、大きくなるともっと食べもっと巨大になりました、この蜥蜴はオオトカゲの子供だったのです、成長したオオトカゲは近隣の家畜や人間にまでも襲い掛かろうとします、商人はこれではいけないと思い商売の外遊に連れて行き食べ物の豊富な島に置いて来ました・・自分で生かした命を自分で消すことも出来ず天に任せるしかありません、おそらく食物連鎖の頂点に居座るであろうオオトカゲは、島中の生き物、食べ物を食い尽くすか、偶然同じようなオオトカゲに出会い子孫を残すか・・
無責任のようですが商人には為す術がありません、自分がした行為には何か意味があったんだと思い込むのが精一杯でした、小さな蜥蜴の命の封印を解いてしまったのは商人自身なのですが・・・