
この写真は
母のスマホより
見つけたものだ、、
最後の頼みの綱だった
抗がん剤治療へ
先生に
きく薬見つけたよって
いわれたから
がんばるって、、
入荷した。
私は
前みたいに
お見舞いなんかいけなかった。
死ぬほど忙しい毎日
なんなら
まま
助けてよって
思ってて
何で??
何でいまなの??
しんどくて
忙しい日々にも
ままに
寄り添ってあげられない
こんな自分にも、
苦しくて
辛くて
そんな中
初雪ふって
たまに顔だすと
声もでなくなってて
身体も動きにくくなってて
それでも
クリスマスが近いから
孫たちに
なにがいいの?って
きく母に
心が締付けられる思いだった。
12月10日
母とのラインはとだえた
最後にあった時には
酸素がなしでは動けない
大切にしていた髪の毛はもうない
言葉もなかなか話せない。
12月23日
朝
病院からの電話があった
私の心は
もう
痛みを通りこしていて
息もくるしくて
過呼吸になっていて
でも必死で
母の病院へ向かいながら
溢れる涙で
道路がみえなかった。