23

いつの間にか、夕日があたりを包み込み、

空が紅く染まっていた。

「帰ろうか・・・・帰りたくないけど。」 私は、恵子の手を握り、

そう言った。

展望台を降りて、恵子の車に乗り込み、家路についた。

あふれる想いが、ほほを伝って流れ落ちていた。

二人とも、いつかけるのかわからない、想いにほほをぬらしながら

ゆっくりと、車を走らせていた。

わたしは、前を向いたまま、恵子に聞いた。

「一年後、もし二人が想いあっていたなら、あの展望台で

また、会えるかな?。」

恵子も、前を向いたまま、「会えるわよ・・・・きっと会えるわ。」と答えた。

私は、「もし会えたら、そのときは、きっと、笑顔で会ってね。」といった。

「そうだね。笑顔で会おうね。」

そう言って、別れた。

一年がとても重かった。私が、社会人なら、連れて逃げることも

出来たのに。私のほうが早かったら、あの男との、立場は

変わっていたのに・・・。

私にはとても、重い一年だった。

こんな、想いを恵子にも、背負わせた自分が、

許せなかった。



一年の月日が流れ、冬の夜、何度か山に登り、

恵子の秘密の場所へ行った。

街は、あの頃と変わらないまま、美しい光を放っていた。

恵子が、私に残してくれた物は、ガラムと、

バラの香りの紅茶それと、大切な、想い出。

私は、秘密の喫茶店でローズティを飲みながら、独り時間をつぶす。

あの頃と変わらない店内。いつもの指定席に座りバラの香りを

楽しむ。

あの頃と違うのは、いつも笑顔で私の前に座っていた

恵子が・・・・・・君が居ないだけ。





恵子僕は、恵子を苦しめただけだったかい・・・・・

私は、恵子の重荷になっているのではないのかい・・・・・

あの男と幸せになれたかな・・・・

もう二度と会うことは出来ないけど

もう二度と、手が届かないけれど


それでも、貴方を愛します。

永遠に・・・・。



   終


22

私は、恵子に、「あの山へ行こうか。」と聞いた。

恵子は、ちょっと考えて、静かにうなずいた。

あの山と言うのは、恵子が「縁切り山」 と呼んでいた山のことだった。

なぜ、その山を選んだのかは、わからない。だが、「もう会えない」

と言う事実が、これで最後だと言う事実だけが、私を支配していた。

小高い山の展望台に着いたのは、14時過ぎぐらいだった。

私の住んでいる所から、車で15分ぐらいだ。

展望台から見る街は、スモッグで、霞んでいた。

二人は、ベンチに腰掛けて、ただ霞んだ街を見つめていた。

「ごめんね恵子・・・・あれから大丈夫だっった?」

「うん。全然大丈夫だったよ・・・・・。」

私は、その言葉を聞いて、少し安心した。

「勤務地決まった?」 少しうつむいたまま恵子が聞いてきた。

「遊園地のある街に4月から」

「そう・・・・・」 

寂しそうに答える恵子。私は、何も伝えられないままだった。

「私ね、仕事やめるんだ。4月で・・・・。」

「どうして?」

「私ね、結婚するの。あの男と・・・・・。」

「親友のために結婚するの?」私は、恵子を見つめて聞いた。

「それもあるけど・・・・前から、話は決まりかけていたから。・・・・・・

私ね、両親が離婚して母親と二人で暮らしていたの。

母は、夜の仕事に出かけていて、私はいつも一人で夜を

過ごしていたの。だから、家族って物にすごく憧れていて・・・・・

それに・・・・」 しばらくの沈黙が二人を包む。



恵子が、重い口を開いて、言った。

「それに、初恋の人より、好きになれる人が現れるなんて

考えていなかったもの・・・・・」



私は、つぶやくように恵子に聞いた。

「今からじ'ゃ・・・・駄目かな?」 答えは、わかっていた。

だが、聞かなければ、いけないような気がした。


「後一年、早く知り合っていたら、私は、絶対貴方を選んだわ。」

恵子は、手を握り締めていった。その拳は、心持震えている気がした。


私は、「後1年、早く生まれて来ていたら、もう少し早く、

知り合えたかな?」 と言った。

スモッグに汚れた街が、ぼやけて見える。


「私達、何で、こんなときに、知り合ったのだろう。

何でもう少し、早く知り合えなかったんだろう。」

二人は、何度も、そんな言葉を繰り返していた。


21

車から、あの男が降りてきて、助手席のドアを開け、

恵子を連れ出した。あの男は恵子の腕を引っ張りながら

大声で何かを叫んでいた。私は、我に返り、車から降りた。

今までの緊張で、足が震えていた。

男に向かっていく私を、恵子は制止した。

ただ、何も出来ない・・・・・出来なかった自分がそこに居た。

守ってやることも、開放することも、どうすることも出来ない・・・・・

ただの糞餓鬼が、一人・・・・・。


あの男の車に乗せられた恵子をただ見つめていた。

あの男は、運転席のドアに手を掛け、私に「付いて来い」といって、

車に乗り込んだ。

私は、自分の車に乗り込み、男の車の後ろを付いていった。

涙が止まらなかった。

恵子に伝えたかったことが、溢れてその想いが、

涙になって、流れ出た。

溢れる想いが止まらなかった。

何時までも・・・・・何時までも・・・・・。

恵子の車を隠しておいた、所に着いた時、私は、涙をぬぐい

車から降りた。恵子たちも車から降りてきた。

あの男は、私に近づき勝ち誇った顔で、

「俺の女に手を出すなと言ったろ、もう2度と近づくな」

といった。反論する勇気は、私にはなかった。

死ぬ気で、向かっていくことも。

それぞれの車に乗り込み、私たちは、帰っていった。

家に着くと、両親が、心配していた。事故を起こしているのではないかと。

私は、両親にわびて、いた。どんな言い訳をしたのかもよくわからいまま。

ただごめんと謝っていた。何度も何度も。



就職のため、バイトをやめた私は、ただ何をするわけでもなく、

空を眺めていた。

心にぽっかりと穴が開いたようだった。

その心の隙間に、”寂しさ”という風が、吹き抜けていた。


もう、会うことはないだろうか。そんなことばかり考えていた。

バイト先に行けば、彼女に会えるのに、勇気がない。

せめて、もう一度、会いたかった。

会って、何もできなかったことを、謝りたかった。

非力な自分の事をうらんだ。一日中恵子のことを考えていた。

そんなある日、私の家に恵子が来た。

「忘れ物を届けに来たんだけれど。」

うつむきながら、差し出された手には、ガラムと、私があの日使っていた

Zippoライターが握られていた。

私は、差し出された恵子の手を取り、恵子の車の運転席に乗り込んだ。

助手席に恵子が座り、私が車を走らせた。

現実の世界。苦しみの世界の中で多分最初で最後の話をするために。

助手席に座る恵子にはもう、笑顔はなかった。


助手席に座っているのは、私の知っている恵子ではなく

私の知らない、現実世界の恵子という女性だった。




20

私は、クラッチを素早く切り、ギアを3速に入れて、アクセルを

床まで踏み込んだ。(ブレーキなんか踏むものか絶対に)

その言葉が、呪文のように繰り返し、頭の中を回っていた。

白煙を上げながら、地面を蹴って車は走り出す。

深夜の道路で、壮絶な鬼ごっこが、始まった。

つかまれば二人だけの世界へは、二度と戻れない

そんな気がしていた。

一般道路を130㎞で、爆走しながら、必死に逃げる。

赤信号を無視して交差点に突っ込む。クラクションが、鳴り、

ブレーキを踏む音が聞こえる。

私は、ブレーキを踏まず、ただアクセルを踏み続けた。

次の交差点が近づいてくる。バックミラーには、あの男の車の

ライトが、見える。私は、信号を確認した。青だ・・・・・。


素早くシフトを落としエンジンブレーキをかける。

アクセルを緩め、ウインカーを入れずに

右にハンドルを切った。対向車から、クラクションを鳴らされるが

何とか、曲がれた。緊張とプレッシャーで

手が震えていた。

もう一人の自分が、ブレーキを踏むと楽になる。とささやいていた。

(ブレーキなんか踏むものか絶対に)

もう一人の自分が、そうつぶやく。

恵子が、「もういいから。あの男は私が止めるから、

私を下ろして逃げて。」といった。

恵子を奪われるのは、絶対いやだ。

その思いがすべてを支配していた。

私は「怖いかい?」と恵子に聞いた。

恵子は、首を横に振った。「もう少しがんばってみる」 私は、そう伝えた。

恵子はうなずいて、前を見つめていた。

私は、車をターンさせ、元来た道を、帰ろうとした。

あの男の車とすれ違って、やり過ごすことが出来る。

交通量の多い道へ戻れば逃げられる。

そんな気がした。

二人の世界へ帰る為に・・・・。道幅はある。多分大丈夫。

そう言い聞かせながら・・・・・・。

免許を取って1ヶ月ぐらいしか、たっていないのに

映画に出てくる、運転手にでもなったような錯覚をしていた。

ブレーキを踏まず、ハンドルを切っていった。

スピードの乗った車は大きく揺れ、向きを変えていった。

タイヤのきしむ音が聞こえる。

車は、まるで、元に戻ることを拒むかのように

言うことを聞かない。

目の前に歩道が迫ってくる。車は、回りきらずに歩道に

乗り上げ街路樹の手前で車は止まった。

私は、力いっぱいブーレーキを踏んだのだった。




敗北の瞬間だった。



今考えると、事故を起こさなかったのは、奇跡に近いと思う。
でも、この時「彼女と死んでも、後悔しない」
と思ったのは、事実だった。恵子にしてみれば、
迷惑な話だと、思う。
19

「私ね・・・・多分私は、恋は出来ないの。最初の失恋の時から

彼を愛する気持ちより、大きい愛なんて

考えられないから。多分好きになる人が、現れても、今度は、

彼を想った気持ちの半分ぐらいしか 、想わない。傷つきたくはないから。

これ以上、心を壊されたくは、ないから。」


「僕は裏切らないよ。絶対に恵子を悲しますようなことはしない。」

「それは、わからないわ。先の事なんて。

私には誰も信じることなんて出来ない。それに、親友に言われたの・・・・・。」



少し間をおいて、私は聞いた。

「何を言われたの?」

恵子は、少し、考え込んでいたが、重い口を開いて、答えた。

「親友にね、一緒になってくれって。そして、結婚式には、必ず

私も呼んでね。心から祝福するからって。




私は、親友に、わかったわ。必ず一緒になるから。

と答えたの。だからあの男と、一緒になるの。」




私は、溢れる想いを必死に言葉にしようとしたが、言葉が

見つからなかった。


「恵子はそれでいいの・・・・本当にそれで・・・・」


私は、それでも・・・・恵子をあきらめ切れなかった。

静かにうなずいた恵子に、私は、もう一度聴いた。



「それなら、恵子の気持ちはどうなの?。親友のために、

自分の気持ちは、無視するの?」

恵子は、うつむいたまま、返事をしなかった。


後ろから近づいてくる車がある。誰だろう・・・・わたしは 、すぐに

気が付いた。あの男だ。

「恵子、あの男に見つかった。」

そういうと、恵子は、後ろを振り返り、車を確認した。

「逃げて。早く逃げて。」恵子の悲鳴に近い叫びで、

二人の世界から、私は現実に引き戻された。









18

「失恋の話覚えている?」恵子が聞いてきた。私は、静かにうなずいた。

「そのとき、思ったの。男の人の恋って、最初は石ころのような

大きさなの。新しい人と出会って、次に恋をするときは、それが

ボールぐらいの大きさになって、また次の人と出会ったら、

今度は、ここから見える街ぐらいの大きさになって次は

地球ぐらいのおおきさになって 。多分貴方が私を想う気持ちは、

石ころぐらいの大きさだから、きっと、次に出会う人のことを

ボールぐらいの大きさで想い、また次の人を・・・・・そうやって 、私は

忘れ去られて、おいていかれるだけだら。

そんな寂しい想いは、したくないの。もう二度と。」

わたしは 、恵子の手を握り締めながら、

「そんなことはないよ。最初は、石ころかもしれないけど

一緒に居れば、それが地球よりも大きく、この星空よりも

宇宙よりも大きくなるよきっとそうなるから。」

恵子は、しばらく考えて、

「貴方と私は、5歳も離れているのよ。それに、知り合って、3ヶ月

位しか経っていないじゃない。きっと 、貴方は私にこう言うわ。

「そんな人だったの」って。そして、また別の人の所に行ってしまうのよ。

今の想いは、一時的なものよ。」

「確かにそうかもしれない。でも僕は恵子のことを、それでも貴方が

好きだから。失いたくない大切な人だから。」

「それに、親友を裏切ることは出来ないし。もう遅いのよ。何もかも。」

「それなら、恵子の気持ちはどうなの?。親友のために、

自分の気持ちは、無視するの?」

恵子は、うつむいたまま、返事をしなかった。

私たちは、再び車に乗り込み、当てもなく、車を走らせた。

現実という苦しみの中へ。












今このことを思い出すと、私は子供だったと思う。
彼女にわがままを言っていただけなんだろうと。
けどこの時、私は、そんなことは、まったく考えていなかった。
子供が手に入らないものを、子供では、手が届かないものを
ただ、欲しくてたまらなかった。愛する人という物を。
他人から見ると、つまらない話ですが、もう少し続きます。
退屈なときの、時間つぶしぐらいになれば、幸いです。
日本人の癖に、国語を勉強しなかったので、表現がおかしかったり
しますが、ご容赦くださいませ。





17

惠子と私は、それからも、時間が合えば、夜のデートに出かけた。

ただ、あの男に見つかると、いけないので、いろんな

ところに、車を隠したりしながら、会っていた。

車を隠す行為が、二人には、とても面白く、いろいろと案を出し

実行していった。

スクラップ工場のスクラップの中に隠したり、工場の駐車場に

隠したり、都合が会わない時も、帰る時間を遅らしたりして、

あの男の、監視をかいくぐった。

いつものようにドライブをしている時、車を走らせながら

私は勇気を出して伝えた。「付き合ってほしいんだ。

あの男と別れてくれないか。」

「えっ・・・私と・・・」惠子は、驚いていた。

「僕とじゃ駄目かな? 惠子のことが好きなんだとても。」

恵子は、うつむいたまましばらく考えて、

「それって、本気なの?」と、聞いてきた。

「もちろん本気だよ。信じられない?」と答えた。

「でも、私の方が、年上だし貴方は、まだ学生よ。それでも

いいの?それに、私にはあの男が居るのよ。」

私は、恵子に「別に、結婚しているわけではないし、

僕にとっては、そんなこと問題ないよ。」

私は、必死に反論しながら、車を走らせた。

行き先は、決めていた。いつも恵子と行く展望台。

そこから、2km位上に古い展望台がある。

恵子の秘密の場所ではない、私の場所で告白をすると決めていた。

私は、狭い道をどんどん登っていき、目的地に着いた。

冬の風が、冷たかった。

透き通るような冷たい風が、スモッグだらけのこの街を

浄化してくれて、街の明かりがとても綺麗に輝いている。

私たちは、この澄んだ空気が、好きだ。

汚れた、身体や心を綺麗にしてくれる。

いつも、素直な心になれる。そんな気がしていた。






16

「惠子、この場所から見る夜景は、綺麗?。」私は、聞いてみた。

惠子は、「私の場所よりは、劣るけどね。」といって笑った。

惠子は、あの男について 話してくれた。

「もともとね好きでもない彼氏と、付き合うようになったのは、

大親友の、友達の話が、きっかけなの。

親友の大好きだった彼が、実は、私のことが、好きだから紹介してくれと

頼まれたらしい。

泣きながら、「彼と、付き合ってくれ」と頼まれた。親友の真剣な瞳に押し切られ

断ることが出来ず、付き合い始めたの。

でも、彼とはうまく行ってないの。いつも監視しているし。

どうしても、耐えられそうに、なかったから、

少し前に、親友に相談したの、そしたら親友が

「彼と別れるなら、私たち、もう友達をやめる」と言われた。

今まで、いろいろ助けてもらった、親友をなくすのは、とても耐えられない。

友情を守る為、もうしばらく、付き合ってみようと。

私にとって、大切なのは、親友であの男ではないの。」

私は、「惠子にとって、理想の彼氏ってどんな人なの?」と聞いてみた。

「空気みたいな人。居ても気にならないような人。」と惠子は答えた。

子供の私には、むずかしい答えだった。

1月の夜は、とても寒く、身体が芯まで冷えていた。

私たちは、お寺を後にして、秘密の喫茶店へ向かった。

窓際の席から、外を眺めると、いつの間にか、雪が降っていた。

「今日は、あの男に見つからずに行動できたね」と私が言った。

惠子は、「作戦成功だね」と笑いながら言った。

「帰ってから、あの男に何か言われない?。」

「大丈夫。最近電話取っていないから。 疲れるんだよね。

毎日話す事ないのに、誰と何をしていようと、関係ないじゃない。

無視よ無視、あんなやつ。」そういいながら、笑っていた。

一時間ぐらい、時間をつぶして、私たちは、河川敷に向かった。

あの男が、待ち伏せしていては、いけない。

少し離れた場所に、車を止めて、あたりの様子を伺う。

「大丈夫みたい。」私たちは、お互いに確認すると、車を降りて

茂みの中に身を隠す。あの男が現れる様子がないことを確認し

惠子は車へ向かった。

惠子の、車の窓越しに寄りかかり、「楽しかった?」 と聞いてみた。

惠子は、「とっても楽しかった。また誘ってね。いつでもいいから。」

と答えた。私は、「任せて。毎日誘ってあげる>」 といって 分かれた。


15

私が、男に「確認すればいいだろ」と言い切れたのには、わけがあるる

惠子は、以前から、電話に出ないときがあるのを聞いていたのだ。

特に忙しい時や、疲れているときは、電話を取らないらしい。

多分、年末年始の忙しさで、電話を取ってないのは、予想が付いていた。

私も、バイトで忙しく疲れて帰って、遊びに行く、元気もなかったし

もし、元気でも相手のことを考えると、遊ぶことはしない。

でもあの男は、ちがった 。多分電話に出ないのを、

私と会っていると思い込んでいたに違いない。

もう少し、思いやりの心があったなら、こんな風にはならないのに。

しばらくして、いつもの休憩室で惠子に会うようになった。

惠子が、また「ドライブに行く」と聞いてきた。私は即答で「これから行こう。」

と答えた。ただ、彼氏の監視の問題がある。

私は、何度か、声をかけられた事を惠子に伝えた。

惠子は、少し考えていた。私は、大丈夫だから。といって、ある提案をした。

惠子の車を隠して、私の車で出かけよう。

まず、惠子が車で、河川敷に行って、そこで私と合流し、私の車で

ドライブという、なんとも単純な作戦である。

惠子は、それでいこう。と笑いながら言った。

作戦名は、「あの男から逃げ出そう」 まさに現実から逃げる

口実のような作戦である。

早速別々に帰り、河川敷へ向かった。携帯電話などないから、

二人で時間を決め、腕時計の時間をお互い確認して作戦に臨んだ。

待ち合わせ場所に着くと、惠子がいた。「待った?」私は惠子に尋ねた。

惠子は、「待ってなんかないよ。」と明るく答えた。

私たちは、車に乗り込み、当てのないドライブに出かけて行った。

ちょっと違うところを探してみよう。といいながら、別の山へ行こうとした。

惠子は、「あそこはだめ。縁切り山で有名だから。」といった。

私は「、じゃあお寺のある山へ行こう」といった。

惠子は、「そこにしよう。」と答えた。肝試しでもないのに、冬の夜に

お寺の駐車場を目指す二人は、かなり変わっている。

でも二人は、確信していた。絶対に、誰も来ない。当たり前である。

十人十色といっても、デートに、夜のお寺は絶対に選ばないはず。

現実世界に居ない二人を除いて。

私は、あの男に、会ったときのことを、一応話しておいた。

惠子は、すまなそうにうつむいていた。私は、あの男を適当に、

あしらったから、大丈夫だと答えておいた。

車は、お寺の駐車場についた。

やっはり、というか当たり前だか、駐車場には誰も居なかった。

この駐車場からは、私たちの住んでいる街が一望できる。

目の前に広がる夜景を見つめながら、しばらく沈黙した二人は、

現実のことを考えていた。
14

男は少し興奮したように、「惠子は、俺の女だ、わかったか !

わかったら二度と近づくな、わかったな、糞餓鬼。」

言葉を吐き捨てるように言って、男は立ち去った。

あの男に「俺の女だ」といわれた言葉が、頭から離れなかった

惠子にとって、私はどんな存在だろう。

私にとって、惠子とは・・・・。

そんなことを考えていた。

多分私は、惠子のことが、好きなんだ。

あの男に奪われることだけは、絶対にいやだ。

だったら、私が、惠子をうばえばいい。

先の事はわからない。

ブレーキを踏まずに、いや、ブレーキなど取り外して、

前にだけ進もう。この恋のために。惠子を奪い取るために。

別の日、私は、車で駐車場から、出ようとしていた。

バイトが早く終り、惠子より早く帰ることになった。

初心者マークの私にとって、緊張する時である。

薄暗い駐車場では、飛び出しや、止めてある車に注意しながら

ゆっくりと、進まないといけない。後ろから付いてくる車があるので

やり過ごそうと、あいているスペースに車を突っ込んだ。

すると車から男が降りてきた。あの男である。

私が、車の窓を開けると、罵声を浴びせてきた。

「お前、こんなところで待ち合わせか?あれだけ言ったのに

まだわからないのか」

私は、会う約束も、待ち合わせもしていない。

「貴様が、後ろからベタ付けして、付いてくるからだろ。

こっちは初心者なんだから、道を譲るのは当たり前ではないのか?

彼女に邪険にされているので、俺に八つ当たりか?

嫌われているんじゃないのか?彼女に。」

そう言いながら、ギアを1速に入れた。さすがに胸倉をつかもうとは

しない。先日のことがあるから。

男は「そんなこと関係ないだろ、惠子は俺の女だ。」と怒鳴っていた。

「だったら惠子に確認できるだろ。会っているかどうか。

自分の女なんだから、それぐらい簡単だろ。俺に言いにくるより。

待ち伏せするより簡単だろ。」

男は、何も言い返せなかった。私は、「まだ何かある?」と聞いた。

男は何も言わなかった。かなり怒っている様子だった。

私は、図星だろと思いながら、「退いてくれる?帰りたいから。

もう二度と、俺に話しかけないでね。話す事無いから。わかった?」

そういって、車を走らせた。

女性でなくても、あのしつこい男は願い下だ。