昨日は、深夜の2時過ぎに寝ました(遅いんじゃボケェ!(;^_^A
・・・てな訳で、朝起きた時間がヤバかったの。ヽ(;´ω`)ノ
分かるよねぇ。この意味。ヤバイって何がヤバいって!

寝坊して起きた時間11時30分!
そのままズル休み突入~~!!!


あは(笑)。人生やばいっすなぁ~(笑)。
あ~、明日学校面倒くせぇ~(溜め息まじりの吐息)
何かさぁ~、ズル休みの次の日って学校行きたく無いよね?
本当やばいんだって、学校サボりまくると親悲しむんだって!
あぁ!私は一体どうなるの!?神様!?ねぇ聞いてる?神様?

えへへぇ!今物凄く楽しい事を思い出しましたとさ
秋は写生の授業あるんだった!いぇーい☆美術形大好きだぜぃ☆
まぁとにかく、嬉しい事があって何よりだ何よりだ!!

ところで今日、昨日ゲオで借りて来た・・・
「機動戦士Ζガンダム 星を継ぐもの」
見たよ!見ましたとさ!(ってか、見るの遅くネェか~?

見るの、遅く無いですか・・?ちょっと・・アンタ??
「はんっ!何、見るのが遅いとかは関係無いのさ!」
そう、私に関しての欠点は全てノーマルナッシングな問題!
(あぁ~もぅったく、意味分かんねぇよ、この精霊!)
とにかく良い話しだった!アムロ頑張れ!アムロ良いよ、アムロ!
カミーユ…母上と父上ご臨終したけど、どんまいっ

プーチガール
についての事を書こうかねぇ・・・。最近は服も貯まったし!
あとはリボンが欲しい・・・。リボン・・。リボン・・。

何かさ、プーチガールって違反者多いよね。( ̄Д ̄;;
実のところ、私も画像を盗用しようと思ったけど辞めたよ!
偉い、私偉いよ!!だって違反してまでリボン欲しく無いし。
ってか、違反してる奴って何なの?本当ムカつくわ~。そういう奴。

ふん、違反者、死するべき!

クチコミネタ:もらって嬉しいおみやげは?

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本文はここから

ただいまクチコミ番付初心者の私がお送り致します。

貰って嬉しいおみやげは・・う~ん。
友達からだったら、消費出来る物だと思う。
例えば、お菓子とか、紙とかペンとかかな?
だってさ、お土産とかって相手の好きな物で、
自分の好みの物が貰えるか分かんないし!
それに、友達に物貰っても、いつかは別れるんだし汗
でも、親友とか、普通の友達以上の子から貰うんだったら、
消費する物じゃ無くて、取っておける物がいいな。
例えば、ペンダントとか腕輪とかが良い音譜

で、親とか親族から貰って嬉しいお土産は
可愛い置物とか、小さいバッグとか、そういう
ちょっと高級な感じの物がいいな~。
だって、自分の好みが相手には分かってる訳だし、
高い物でも、使わなくても、遠慮しなくていいしさ!

結果、やっぱり「お土産」って言う物は、
自分を思いながら、たくさんの品物の中から一生懸命
選び抜いたって言うような、そういう気持ちが大切
なのかなって思うよ。
だってさ、嫌いな人からお土産貰っても、
むしろ「気持ち悪い、いらないっ」って思うでしょ?

以上、玲ぴぃ~からでした!
今までこんな事考えた事無かったから、この機会に
考える事が出来て良かったな。(°∀°)b

いや、恐らく知らない人の方が多い。
まぁそう言う訳で懐古主義者の私が紹介!

新ドラ
↑新ドラえもん

<旧ドラ>
旧ドラと呼ばれるテレビアニメ「ドラえもん」第一作には、
数々の謎が存在している。内容自体も謎が多い。
それ以前に…何故あの時期にテレビアニメ化されたのかも謎。
それでは今から謎を解き明かして行こう!


第一部 旧ドラ ~誕生から終了~

1、旧ドラが生まれるまで

1972年、雑誌「幼稚園」8月号に初めて、ドラえもんは
姿を表した。更に。テレビに出るのを待っててね。と。
恐らく、これが旧ドラ放映決定の初めての公式発表だろう。

この頃、日本テレビでは「ドラえもん」と同じく藤子不二雄
の「新 オバケのQ太郎」が放映され、人気は安定していた。
その後企画されたのが「ドラえもん」だった。

新オバQの視聴者を、旧ドラに引っ張りたい局側の思惑は、
のび太役に、新オバQの正太を演じた太田淑子、
ジャイアン役に、ゴジラを演じた肝付兼太
を配したことなどから推察出来る。

しかも、途中からレギュラー入りしたガチャ子役は、
Q太郎を演じた堀絢子だったのである。

そして、1972年12月の「新オバQ」放映終了から、
3ヶ月のブランクを経て、1973年4月1日に旧ドラが
ブラウン管に姿を現すことになるのだった。

だが、1年半で終了。

2、当時の原作ドラについて

原作漫画「ドラえもん」は、小学館の学習雑誌「小学1~4年生」
の4誌及び、「よいこ」「幼稚園」の、合計6誌


で、1970年1月号から連載。旧ドラ放映時には、連載4年目突入。
学習雑誌の連載漫画は、1年間で終了することが多いので、
「ドラえもん」の連載は、当時でもかなり長期の部類に入る。
ちなみに、「コロコロコミック」の創刊は、1977年である。


3.なぜ半年で終了したのか

現在は、1クール(3ヶ月)や2クール(半年)の放映を前提で
制作されるアニメも多いが、1973年当時は、テレビアニメは
人気があればどんどん続いていく時代だった。


具体的な数字はまだ確認できていないが、視聴率が低かった。
それでは、なぜ人気が出なかったのか。
人気が出なかったのはこのような理由か?

1.原作をアレンジした部分が受け入れられなかった
2.最初期の原作を元にしたキャラデザに違和感が
3.そもそも、原作の知名度が低かった
4.強力な裏番組が存在していた
 
1.について、放映時のサブタイトルに「…騒動」「…大騒動」
などと付くものが多いことから、原作と比べてドタバタ味が
強かったのではないだろうか。

しかも、連載1年目に半年間だけ登場して、すぐ消えてしまった
幻のキャラ「ガチャ子」まで登場している。

詳しいことはこちらを参照していただきたいが、
ガチャ子は騒動を起こして話を引っかき回すだけの役割しか
与えられておらず、初期のドタバタ路線の象徴的存在だった。

その後、原作ドラえもんが、道具中心の話作りになると、
ガチャ子は姿を消している。このような、原作者が退場させた
キャラを出した事から、意図的にドタバタ味を強くしたと思える。


3.については、2.「当時の原作ドラについて」で書いたとおり。
加えて、4.のように「ドラえもん」放映開始時に裏番組が、
子供たちの心をガッチリつかんでいたことも非常に不利な要因。

その強力な裏番組とは「マジンガーZ」である。
「ドラえもん」に先立つこと4カ月、1972年12月よりフジテレビ系
で始まったアニメは大ヒットし、視聴率は20%を超えた。

巨大ロボット路線を確立して、2年近くの間放映された作品。
「マジンガーZ」と旧ドラの視聴者層はほぼ同一と思われるので、
後発の旧ドラが半年で終了してしまったのは、マジンガーの
視聴者を取り込むまでに至らなかったと考えられる。

他にも旧ドラの裏には「アップダウンクイズ」と言う人気番組が。
1985年まで続いた長寿番組であり、旧ドラ放映当時も安定して
高い視聴率を取っていた。


4.旧ドラの残したもの
 
旧ドラは、半年という短い期間で終了したが、
「ドラえもん」という作品の存在を知らせた役割は大きい。

また、原作の連載が「小学五年生」と「小学六年生」
に拡大された事も、旧ドラ放映の影響を受けてでしょう。

しかし、旧ドラ終了から6年間、藤子アニメの空白時代が。
その後、新たな藤子不二雄ブームの幕開けとなったのは、
シンエイ版「ドラえもん」だった。「ドラえもん」
で途切れた流れが、再度「ドラえもん」によって復活した。

しかし、旧ドラが半年で終わったため、原作者・テレビ局共に
「ドラえもん」の再アニメ化には難色を示し、大変な苦労が。


~文章~
アニメ旧ドラえもん大研究 
様より参考にさせて頂きました。ありがとうございました。