当たり前のようにある
2本の手あるいは1本かもしれない
その手は一体何のためにあるのだろうか
前回普段通りのシッティングをしていると
帰り際、子どもがこう言ったのだ
「○○せんせいのとなりは○○せんせいとつないで、
○○せんせいのとなりは○○せんせいだよ、ぼくはまんなかにはいるから。
これでみんな、なかよし、たのしいな。」
幼少時代には、
親と手を繋ぐことは日常だった
でも
歳を重ねるごとに
距離が離れていくことに
意見が対立することに
なぜか
その機会がなくなっていった
ぼくは何十年ぶりかに
母と手を繋いだ
母から握った手は
何やら恥ずかしい思いと
「ああ、こんなにも手はあったかいものか。」
と感じた気持ちだった
誰かを叩くものでも
誰かを殴るものでも
誰かを傷付けるものでもない
ご飯を食べるだけでもなく
ただ、ただ、そこに存在して
手は言葉になって
できることなら
誰かを支え合ったり
誰かのほんの勇気の一歩に
変わればいいのにとなんだか思う
昨年から自分がいる環境が
タイムリミットができたように変化した
自分のためではなく
誰かのためでもなく
身近のひと
ぼくと繋がる子どもたちから
教えるひとではなく
伝えていくひとでありたい
ご縁で繋がるこの世界は
とても輝いていて
ぼくも頑張らなければと思う最大の教科書だ