>>またせたな


三年になった時、学校の音楽を専門に習ってる科の友達に、学校の一大イベントに、バンドで一緒に出ないかと誘われた

そのイベントは京都駅ビルの広場でやる、動員数をゆうに1000超えるイベント


すんごいチャンスがきた!
めっちゃよろこんだ

もちろんなんの迷いもなく引き受けた

音楽で人前に立ちたくてたまらん時期だったから


しかしこのイベントに出るには10組ほどのライバルからオーディションで勝ち抜かなくてはいけなかった

立ちたい気持ちはめちゃめちゃ強かったが、隅で合格できるか?っていう不安ができた


でも、いざみんなで合わせてみると…


さすがです

上手すぎです


メンバー聞いたときからわかってたつもりでしたが、やっぱすげぇ


そうです音楽科のエリートさんの集まりでした


なぜ俺??(゜Д゜)
とも思いながら
こりゃぜったいいける�
と思ったわけです


あ、このときやったのはジャズバンドで、曲目はスペイン
ギターはリズムバッキングのみでした


そしてオーディション
かなり緊張した!
自分の音が出てるかわからんかった!
でも、たのしかった!

みんなで一喜一憂しながらオーディションの結果を待ちました


後日

俺は掲示板を見る前にリーダーから合格の報告を受けた


めっちゃうれしかった
じぶんが関わった演奏が認められたから

そして数日すると1000人のプレッシャーがくるわけです


もともと舞台の科が自分の所属なので、なかなか練習の時間が取れなかった(自主トレはプレッシャーのおかげで欠かさず)
舞台のダンスの練習が激しくなってきても朝の練習はバッチリだぜってかんじでいきました



そして本番

先に音楽科、その次にバンド、舞台、フィナーレみたいな順番だったので、ホンマにリハから忙しく駆け回った(舞台も自主のやつもあって、3年間で一番の働きだった)


はじめての大舞台、
はじめての爆音、
はじめてのジャズコ

リハからてんやわんやなかんじでした



して本番�

…実はあんまり演奏中の記憶はないのですw

ただめっちゃ楽しかったこと、気持ちよかったこと、緊張してたこと、お客さんが喜んでくれたことは確かにかんじれました


その年の駅ビルは、三年間で一番の出来になりました(自負)



うちの高校では春(?)の文化祭と、冬の文化祭がある
九月の駅ビルも終わり、舞台のつぎの公演は1月の最後


目を向けたのは勿論冬の文化祭

長く言ってきたバンドをやろう!!となりました


高校に入ってできた最高の親友と送る歌

めっちゃテンションあがりました


最初は二曲コピーをやろう�ってなってたんですが、なんかちゃんと自分等の伝え方でやりたいとおもって、一曲作ることになりました

詞をさきに�ってことで、真っ先に依頼したのがこーへーでした

少ないワードをポロポロっとメールでおくったんだけど、一時間後ぐらいには超大作の詞が帰ってきました

鬼才あらわる�
本気で思いました

早速(ホントに来てすぐ)曲に取りかかりました。
驚いたことにいつも詞が先なら試行錯誤して、三~四時間かかったり、最悪その日は投げたりするんですが、するするする~と出来上がり、なんと二時間ほどでコードから大体の展開まで完成しました

なんかおどろいたってかバグったかと思いましたw


曲があがって、早速楽器隊は練習に入りました

始めたのがこれをきっかけ!みたいなメンバーでしたが、日に日にめちゃくちゃうまくなっていくのがわかって、めちゃめちゃ俺がうれしかった←


しかし、ボーカルがなかなか学校にこれないと言う大分ヤバイ事態に


実際めちゃめちゃ焦って、『このやろう…』とか思った



なんとかギリギリなタイミングで来て、アコギ一本スパッと聞かせて、その日は終了

大丈夫か…?ってなった


んで、つぎの練習のとき

歌えてやがった

やっぱこいつウマイゎ…

ぜったいいけるやん


こうしてKEYがうまれた



親友メンバーは、ギターとベースとボーカル。
では他はってなると

ドラムとピアノで学校の最高の恩師がやってくれた(ドラムは例のギターゼミの先生、ピアノは我らが舞台の先生)


ほんっとに最高のメンバーでできた

夢がかなった
実際夢だったから
親友と、恩師とバンドをやることが


実際ラスト二週間でピアノ、三日前でドラムが入るっていう究極のスケジュール

そんな本番前日に事件が起きた




つづく�
前回からの続き


ギターをはじめて触ったのは、中学に入って二年目のころ(ほんまに触っただけなら小学校のころ)

あるサークルに入っていて、そこでは(大元の目的は別だけど)演劇ができたり、音楽に触れたりできた

そのサークルでイベントに参加することがあった

そのとき、うちは露店なんかを出してたんだけど、地元のストリートミュージシャンがあつまって、かるいライブイベントをやっていた


当事中学生。周りには音楽やってる人間なんて誰もおらんかった

子供心にこんな人らみたいになれたらな~
みたいなちっさい憧れを感じたのを覚えてる


おばあちゃんの家の収納の奥に、めちゃめちゃ古いアコギがあるのを小学校のころに見つけたのを思い出して、引っ張り出した

長いこと収納に眠ってて、弦も変えてない、はったまま、ボディも浮いて、ネックも反ってて、ちょっとおばあちゃんの家の匂いがした。そんなはじめてのアコギ


当時は、これが悪い状態かどうかもわからんまま、これがギターなんかな~と思いながら弾いてた

最初は、中学の音楽の教科書にのってたコードをみて、教科書をみながら、井上陽水さんを弾いてみたりした。
勿論おぼつかない動きだし、音もちゃんとは鳴ってない。でも、うれしかった。

しかし誰にも教えを乞わず、独学でやっていると、途中で行き詰まりを感じた


ちょっとずつ興味が薄れてきた頃に、今考えたらスゴいタイミングで、こーへーがある場所で、ベースを触り始めた

その時、そこに誘われた。


不安はあったけど、丁度行き詰まってたので行ってみた

きっとこのとき行ってなかったら、俺はギターを、音楽をやめていたかもしれない

そこには、ギターやベースが本職ではないが、弾ける人がいた。

そういえば最初はその時、ドラムをたたいてたなw

そんなことしながらギターもちょくちょくアドバイスをしてもらっていた(そのときはコードチェンジのコツ)


そこには、エレキギターも置いてあって、生まれてはじめて弾かしてもらったのもそこだった

それがきっかけで、はじめてエレキギター(初心者用のストラト)を買った
あれはホントにうれしかった


でもしばらく続けて、曲のコピーとかしだしたあたりで、ばったり行くことがなくなった
あんまりそこでは立場上、邦楽とかを大っぴらに演奏できないからってのが自分の中のでかい理由だったな


あのときアドバイスをくれたり、場所を貸してくださった方々。
本当にありがとうございました

今の俺は、あなた方がいてくださったお陰で立っています

本当にありがとうございます



そして、そのまま高校に入る

中学の文化祭で演劇をやったことと、元々声優に興味があったことから、運命的に見つけた、そんなことができる高校に入った


そのとき中学の友達とは離ればなれになり、もちろんそのなかにこーへーもいた

そんなかんじで会うことは今までよりは少なくなった(とはいえ普通にあってたが)

おれはギターを弾き続けはしたものの、学校でやる真新しいこと 演技やダンスのほうにのめり込んでいった

そんなときに、こーへーの文化祭によばれて行った


ライブをみた


近くで見れるライブ

中学のときのストリートミュージシャンを思い出した

忘れてた

音楽ってこんなにいいんやってこと


それがきっかけでまた高校にはいったあともギターにまたしっかりのめり込んだ


高校にはゼミって言う二月に一回くらいの授業があった


そのなかのアコギゼミってのにはいった


今までやってきた、コードの押さえ方など、復習がほとんどになったけど、すんごい勉強させてもらった

その中でも教えてくれてる先生(普段は英語教師)の演奏。

すごく好きだった

ソロギターや弾き語り。
そのどれもこれもが彼だった

こんな表現がしたいとおもった瞬間

この人が俺の『ギターの師匠』


2年になった夏

またこーへーによばれて文化祭にいった

前の感動もあったし、すんごいたのしみにしていった


ライブってやっぱすごかった


ライブをまだやったことがない自分を後悔した


そして、このとき

ライブをすることをきめた




こんにちは。keyshiroですm(_ _)m

ライブが近づいてきまして、メンバーも皆さまちょっとずつながら緊張感でてきたかとおもいます

勿論俺も奮闘してますよw


最近の日記はライブの告知ばっかで、しかもmixiのほうと殆ど一緒
なんてことになってますので、いっちょ気分変えて、keyshiroのプロローグ(wイキマス



高校時代は、中学でちょっとやった演劇に惚れて、舞台芸術(演劇、ダンス等)ができる、ちょっと変わった私立高校に進んだのです(実際は元々声優の勉強目的でしたが)

まったく中学からのツレがいない状況から始まった高校生活も、始まってみたら、最高の、ホントに一生ものの仲間が出来ました

そんな仲間と演劇やらダンスやらと、みんなてステージを創っていく
幸せでした

そんな中で、一度演劇で主演しました

ただがむしゃらに、そのときは良いものを創ろうなんて意識は、正直言うと、まったくなく、ただ一緒にやってた仲間に迷惑をかけないようにとか、そんなことばっか考えながらやってました

なんとか本番までこじつけて、なんとか失敗もなく終え、さぁ今日からぐっすり眠れそうだぁ~
とか考えてたところ、

他の仲間から教えられました
お客さんが涙をながしてくれてたことを

後悔した
正直後悔した

おれはただ迷惑をかけないように、そのために、真面目にこなしてた

お客さんのことなんて考えずに

そんなものを提供したことをめっちゃ後悔した

もっともっと真剣な思いをとどけなあかんかったはずやのに、偽物というか、違う方向に向いた思いを届けて、お客さんの心を揺さぶったこと

すんごい後悔した


それから姿勢っていうか努力の向ける方向を変え始めた。

スパって切り替えれるような器用なことできんかったから、ちょっとずつやけど、変えていった


自分のためじゃなく、お客さん、てか見てくれるみんなの心をちょっとでもうごかせるように。
ほんのちょっとでも暗い気持ちがはれたり、明日を見れるように、そんな表現をしていくって。


…ってかんじで、俺は表現者をやっていくことを選んだわけです

駄文ですまん(・_・;)


あとは、演劇→音楽にシフトしたきっかけがありますが、それは次回で


ってかこんなんちょっと高校時代の親友たちにおこられそうww