小布施と葛飾北斎・北斎館
9月23日(秋分の日)、戸隠からの続きです(遅~いって!笑)本当は戸隠を後に、小布施PA・ハイウェイオアシスに寄り、(昨年この時期に、越後湯沢温泉へ行く途中にたまたま寄ったら、あの高~いシャインマスカットやナガノパープル🍇、梨🍊にリンゴ🍎、小布施の生栗🌰が超安く売ってたの!)果物を買う予定がぁ~~~戸隠神社を出たのが15時過ぎ(遅っ!)小布施PAは泣く泣くスルーし…次に向かった先は、栗の町で有名な小布施🌰中央道、長野道、上信越道のPA・SAのお土産コーナーでは必ず目にしますよね。小布施堂竹風堂桜井甘精堂 などここへ来るのは3~4回目かな。初めて小布施へ来たのは十代の頃(今からうん十年も前)友達数人と、野沢温泉スキー場へ泊まりでスキー旅行に行った帰りに寄り、これとそっくりのものを食べた記憶があります。↓※画像はお借りしました竹風堂の「栗おこわ定食」そうそう、この籠に入った栗おこわ🌰とある方のブログでこれを食べていて、今も変わらずあることに感動。その後も、スノボの帰りか?善光寺の帰りか?小布施には冬に来た記憶しかなく…初めて栗の時期に来てみて…なんて人が多いの!!(既に16時過ぎていたけど)いつの間にこんな人気スポットになっていたの~?でしたよ。綺麗な町並みは昔と変わらなく、少し小洒落た感じにもなっていて。素敵~酒蔵せっかく来たから栗のスイーツを食べたいし、町並みのもぶらぶらしたいのにぃ…そんな時間もなく、向かった先は・・・葛飾北斎の絵が展示してある『北斎館』2015年にリニューアルしたみたいでどうしても行きたい~!開館時間は17時まで。もうとっくに16時過ぎてる…急げ~と。北斎館へは2度目の訪問です。15年くらい前に来たことがあるけど、その当時はさほど興味がなかったのか、記憶が曖昧でして…この日訪れた日が、丁度「北斎漫画の世界」という企画展の最中らしく入館料1000円です。(通常展は800円みたいです)8月13日まで、イギリスの大英博物館にて、「北斎展」が開催されていたようで、小布施の北斎館からは、こちらの「怒涛図」が渡っていたようです。↓(10月6日~あべのハルカスに渡ってしまう前で良かった)【小布施と北斎】小布施は、北斎が晩年83歳から88歳にかけて4度も滞在し、画業70年の集大成をはかった特別な町。小布施の豪農商・高井鴻山の庇護のもと、東町・上町の祭屋台天井絵四図や、岩松院の天井絵「鳳凰図」などの肉筆画を描き遺したそうです。北斎が80歳を過ぎたころ、幕府は「天保の改革」を断行。贅沢を禁じ、歌舞伎や音楽などの娯楽とともに浮世絵にも厳しい制限が下されていまい、北斎は思うように絵の描けない江戸を離れ、高井鴻山の招きに応じて天保13(1842)年、当時、北斎83歳、鴻山37歳の時にはじめて小布施を訪れます。祖父と孫ほど年の離れたふたりですが、やがて互いに「旦那さん」「先生」と呼び合うほど親密な関係を築いていったそうです。この高井鴻山さんは、浮世絵師でもありましたが、今の「小布施堂」当主12代目でもあったそうです。昔も今も豪商なのですね。晩年の北斎像でしょうか。(おじいちゃん…)江戸からはるばるよく来ましたねぇ。館内の撮影はここまで。これより先は撮影禁止です。企画展の漫画図は、さまざまな動物、魚、植物、人物、風景など、細かい絵がびっしりと展示されてました。魚や海老なんて今にも動きそうなほど。その他にも、有名な「富嶽三十六景」をはじめとした浮世絵や、風景画、花鳥画、美人画、動物や魚など、多彩なジャンルが展示されていて、とても見応えがありました。なかでもこちら、二基の祭屋台に描かれた天井絵は圧巻です。※画像は北斎館HPよりお借りしてます二基展示されている祭屋台の一つ、東町祭屋台には、※画像は北斎館HPよりお借りしてます85歳の時に描いた天井絵「龍」と「鳳凰」※画像は北斎館HPよりお借りしてます翌年には、こちら、上町祭屋台の天井絵に描いた、※画像は北斎館HPよりお借りしてます『怒涛』図の「男浪」「女浪」二面もう吸い込まれそうなほど凄い迫力でした!※画像は北斎館HPよりお借りしてます縁絵も細かく、孔雀や獅子や牡丹など。ぶどうにリス、この組み合わせは、「武道に律す」という語呂合わせなんですって!あと、羽のある男の子の「天使」かも?と思われる絵もアメリカの『LIFE誌』の特集「この1000年で、最も偉業を残した世界の100人」に、葛飾北斎が日本人として唯一選ばれたほど海外でも人気の北斎。1000円払っても観る価値は、大いにありました(私個人の感想ですが)そんな葛飾北斎の、晩年30年に焦点を当てて、肉質画を中心に世界中から約200点の作品が終結した、大英博物館 国際共同プロジェクト 北斎 ―富士を超えて―が、大阪の「あべのハルカス美術館」で、11月19日まで開催されているみたいです!これって凄くないですか?イギリスの大英博物館所蔵「富嶽三十六景」など、世界各国で所蔵されている、晩年の北斎の作品が大阪で観れちゃうなんて。大英博物館との共同プロジェクトで、これほどの作品数を目にできるなんて、今後ないような気がする…近かったら見に行きたかったなぁ。大英博物館所蔵の、あの有名な「富嶽三十六景」などが海を渡ってきています小布施の北斎館からは、↓怒涛図の「男浪」と「女浪」この絵は肉眼で見ると本当に凄い迫力でした。そして小布施の「岩松院」所蔵の天井絵下絵ここにも行きたかったのに、時間がなく行けず…これは下絵ですが、他にも岩松院の本堂の天井には、北斎が88歳から89歳にかけて描いた、畳21畳分の「八方睨み鳳凰図」があります。こちらの「雪中虎図」亡くなる数ヶ月前に描いたと言われていますが、優しい表情で天を見つめている姿が、なんとも言えない穏やかで幸せそうな顔をしていて、個人的にはこの絵に凄く惹かれました。なんともおこがましいけど。こんな雪がちらつく寒い日に、愛猫が旅立っていった姿にも似ていて…「富士越龍図」この「富士越龍図」は、北斎が最後に描いた作品だと言われているそうです。富士山から黒い雲に乗り、龍が天に昇る絵。北斎館で実物を拝見しましたが、死期を悟った北斎自身が龍と自分を重ねて描いたのかと思うと…なんともいえない奥深い絵でした。晩年の自画像だそうです。晩年の北斎の号は、画狂老人卍(がきょうろうじんまんじ)凄い名前ですね(笑)北斎は、こんなことを記していたそうです。70歳までに描いたものは本当に取るに足らぬものばかりである。(そのような私であるが、)73歳になってさまざまな生き物や草木の生まれと造りをいくらかは知ることができた。ゆえに、86歳になればますます腕は上達し、90歳ともなると奥義を極め、100歳に至っては正に神妙の域に達するであろうか。100歳を超えて描く一点は一つの命を得たかのように生きたものとなろう。北斎は数え年90歳にこの世を去ります。北斎の最後の言葉は次のようなものでした。「天我をして五年の命を保たしめば 真正の画工となるを得(う)べし 」(もうあと5年長生きできたら、本当の画工になることができたものを)北斎の辞世の句です。「人魂で 行く気散(きさん)じや 夏野原」(ひとだまになって、夏の原っぱにでも気晴らしに出かけようか)最後まで絵を描くことを追求し続けた北斎。凄いです。まさに狂人です。晩年、あんな力強い絵を描けたことも凄い。是非、小布施へ行ったら見てみてください。あ、行けなかった岩松院もいいと思いますよそんなんで北斎館に閉館時間の17時ギリギリまでいたので、お店が閉まっちゃう~せめてソフトだけでも食べさせて~(笑)栗庵風味堂もありましたね。こちらの栗ソフトは、確か桜井甘精堂だったような…??駆け足すぎてよく覚えてないよぉ…でも美味しかったって、そんなこんなで、北斎館の駐車場に戻ったのが17時半。未だ今宵の宿が決まっておらず…どうなるつづく。15年前に北斎館で買ったハンカチ。探したら出てきた龍はわかるけど、アヤメ…??シブイぞ~ 私(笑)