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その時々はれ

毎日は小さなことの積み重ね。
その小さな積み重ねが、思い出の一部。
思い出は、自分の生きた道。

この病気にかかった人のブログを見て、
自分も何かできないかと、
久々にブログを更新しました。

きっかけは、ただの中耳炎。

小さいときから何度も何度も中耳炎になってました。

昔は、花粉症なんてそんなにいなかったので
耳鼻科は子供の大群でした。
小中高とよく耳鼻科に行っていましたが、
やはり子供が多く、
絵本がいっぱいあった記憶があります。

高校生の時に、先生に「君は耳が大人になってないから、手術を受けた方がいい」
と言われました。
何いってるんだこいつ。
と思ってました。そんなのいやー!!
怖い怖い。
ま、なんとかなるでしょっと、今まで生きてきました。



社会人になって、7年位ですかね。
ん?なんかおかしい。
頭がぐるぐるする...
気持ち悪い、やばい。

「すみません、気持ち悪くて早退します」
で、早退した矢先、家の前で左耳が全く聞こえなくなりました。
おそらく、そのせいで三半規管がやられ、
歩くのもやっと、頑張って近くの交番に行き
近くの耳鼻科を教えてください状態でした。

しかし、もはや歩けず近くの病院にかけこみました。
立っているのも、座っているのも気持ち悪くて
何度も吐きました。

MRIを撮ったんですが、異常なし。

ただ、このときが一番楽でした。
吐き気もなく、一生このままいたいと思いました。


で、結局そこでは何もわからないので、
近くの耳鼻科の権威の先生に見せた方が...
ってことで、隣町までいきました。

しかし、やっぱりたつと吐きけがして
行くのはめちゃめちゃ困難でした。

着いたときには、死んでしまいたい位
気持ち悪くて、いっそ殺してくれとも思いました。

結局、診断結果は突発性難聴

また耳か。

僕は、この呪縛から逃れられず、
このまま生きていくんだと、かなりマイナスでした。

ただ、この出会った先生が、女医なんですが、
まー、さっぱりした先生で、
「死なないからさ、とりあえず名前言える?
言えなくても、保険証で分かるし」
みたいなことを言っていた記憶があります。

ただ、それが元で僕の聴力は、高音があまり聞けなくなりました。

しかし、生活レベルには問題ないです。

では、本題に...