その時々はれ -24ページ目

その時々はれ

毎日は小さなことの積み重ね。
その小さな積み重ねが、思い出の一部。
思い出は、自分の生きた道。

この病気にかかった人のブログを見て、
自分も何かできないかと、
久々にブログを更新しました。

前回同様、私個人が思ったこと
感じたことが主観に入ってます。

他の方のブログのような
励ましにはならないと思いますので、
ご了承下さい。


いよいよ、手術室へ向かいます。
父も、看護師さんも大丈夫大丈夫っと一点張り。
てくてく歩いて行って、
第一関門らしき扉。
ここから色々な人が別の部屋で手術を受けるのか…。

などと思えるのは、終わってのほほんとしている今だからです!
当時は、「え、なにここ。自分なんでこんなところに?」と
大パニック!!!!!!!!!!!!!!
ついには立てなくなってしまい、
車イスが運ばれて来ました。
ここら辺で自分のハートが欠けはじめました。

皆さんがなだめるなか、
どこかで、迷惑をかけてはいけないという気持ちがあったのでしょう。
「このまま連れていってください。どうせ寝るんですよね?」
と言って、手術室に連れていってもらいました。

自分は超近眼でメガネなしでは、
まったくみえないので、近くにいた看護師さんに急遽メガネを渡しました。

なんか、暖かい台に乗せられて、
名前確認して、どっちの耳を手術するのか聞かれました。

で、酸素マスクして、注射して…。

…。
……。
…………。


終わりましたよ!

これが真珠腫です!思ったより大きくなってましたよ!

ん?どれどれ…。
あ、本当。小指の爪くらいじゃん。
怖!

「喉乾いた、今何時?」

「15時過ぎです。」

…………。
え、待って。計算できない。
つまりどーゆーこと?

「つまり6時間ちょっとかかりました。
思った以上に大きくなってたんで。
ただ、キレイにとりましたから!」

えー!!

3時間って言ってたじゃん!
そこまでいてくれた、父!!
すまんね。
もう、帰ってください。
しかし、助かった!
家族のありがたみを久々に体感!
 
 
さて、そのあとですが、
自分的にはここから地獄。
まず、絶飲食のため、水も翌日まで飲めない。
尿道に管が入ってて、なんか違和感。
そして足のストッキング。
いやーこれがスゲー気になってしまい
途中で指を入れたり、半分下げて戻したりしてました。
そして動けない。イライラしながら夜を向かえます。
 
夜、この日は一睡もできず、
かといって動けないので、
え、何この軟禁って思いました。
21時頃、「明日の朝5時頃起きてたら、歩行訓練しましょう」
と看護師さんが言っていたので、
それを信じ、ひたすら天井を見つめていました。
 
23時頃。
この先何をすればいいのかわからない。
えっと何時間後に立てるんだっけ。
 
自分、とあるグループのファンをしていまして、
そのときは、朝9時から夕方17時前まで耐えたんです。
ま、物販に並んでイベント終了までなので、
体感はそんなにありませんでしたが。
 
よし、それをイメージしよう。
今はイベント、これが終わったら、
楽しいことしか待ってない!
そんなことを妄想しつつ、
体感時間はゆっくりと進みます。
 
1時頃。
ん?
なんか耳に違和感が。
なんか水?汗?みたいなのがダラダラと。
耳が麻痺してるから幻覚とかなのかな?
と思いつつ、手を首もとに置くと
「え、血が…。」
ナースコール!!!!!!!!!!!!
 
え、これ普通ですか?
なんか耳から液体が出ているような音が聞こえる。
と言っても、
「明日先生に見てもらいましょう」
とのこと。
っは!あんまりガタガタ言って、
歩行訓練が遅れるのはもっと嫌。
ここは我慢我慢。
きっと良くなっている証拠だ。
 
2時頃。
 
3時頃。
 
4時頃。
 
と、残り何時間を考えてました。
もうこの頃には体の向きを変えるのもダルくて、
ただただ、両足のストッキングがうざかったです。
 
5時頃。
ようやく歩行訓練と、管を抜き、
ストッキングからの解放!!
あー色々スッキリ!
ですが、この時の自分はすでに崩壊中。
この夜の間にどんな妄想をし続けたことか…。
 
この日が一番辛かったです。
 
え、自分なんかしたっけって、何度自問自答したことか。
 
さてこれを抜けたら、明るい未来が…。
続きます!!!!