「Sさんがこのまま出て行ったら

私、  鬱になる」


そんな酷い言葉を
赴任先に移動するため玄関を出ようとする夫に
投げかけた私


まるで脅迫



夫はドアのノブに手をかけて
玄関は少し開いていたけど
さすがに夫もドアから手を離して振り向いた。



キャリーバッグから手を離して
私の方に近づいて


「M…
僕は離婚しようなんて思ってないから…

Mが僕を許せないなら
もううわべだけの夫婦になるしかないと思っただけだよ。

僕はできることならまた、Mと幸せになりたいし
子どもたちとも前みたいにうまくやっていきたいと
思ってるけど…

Mにも子どもたちにも
僕なりにできることを精一杯してるつもりなのに

いつもMがこうやってそれを壊しちゃうんじゃないか…」


「もう、あなたが考えを変えてくれるなんて
思ってない。

自分は悪くないと思ってて
子どもたちや私の苦しみをわかろうとしない人と
寄り添うなんて
できるわけない。

でもこんな酷い状態でSさんが行っちゃったら
私、もう立ち上がれない…」


夫はバッグを玄関に置いたまま
廊下に立つ私のそばに戻り
私をリビングのソファに座らせた



「M…

もう何度繰り返しても同じじゃないか

過去を振り返ってばかりじゃだめなんだよ

前に進まなきゃ

結局同じことの繰り返しで
僕ももう限界だよ

離婚はしないから

また2人で前を向いてやり直そう」


私は納得なんてしてなかったけど

とにかく夫とこのまま離れることは
できなかったから

ソファに座って
夫に抱き寄せられて
私はまた、
夫を永遠に失う恐怖から
少しだけ解放された…


これって

DV被害者と同じ心理じゃないか…


私、おかしいのかもしれない。


夫と不倫のことを話すと
自分でも人格が変わると思う。


以前は夫からも修羅場になる度に言われた。

「まるで別人格だな…

ジキルとハイドみたいだよ」と。


私だって自分が発してるなんて信じたくないような言葉を、夫に発してしまうことがある。


そんな自分にとても嫌悪を感じ
心が痛い…






夫はしばらく泣いている私の肩をさすり

「もう時間だから行くよ」

と赴任先へと出て行った。



私は見送る元気もなく座ったまま
玄関の鍵が閉まる音を聞き
そのままソファで何時間も
泥のように眠った。


不思議なほど眠かった。


携帯の音に気づいても

目が開けられないほどずっと眠り続けた…


何も考えずに