仕事中にふと昔の事を思い出した。
私が行っていた保育園は中々スパルタな場所で、少し悪ふざけしようものならグランドに靴をぶん投げられ裸足で取りにいかされていた。
ある日の課題で蝶結びを覚える授業的なものがあった。できた順から遊びに行っていいルールで、できるまで教室から出る事は許されなかった。
私は蝶結びが知恵の輪のようにできなかったのを覚えている。
その時、私はできない悔しさや遊びに行けない絶望感を感じていた訳ではなく、1番に考えていたのはとてつもない尿意である。
何をどうやっても蝶結びという知恵の輪をクリアできずに膀胱がギブアップしたのを今でも鮮明に覚えている。
解き放たれた後の事はよく覚えていない。
そう、まさに30年越しにさしせまっているのは尿意ではなく便意である。
現場を視察しにきているお得意様の相手をしなくてはならず、トイレにも行けずに額に大量の脂汗を垂れ流している。
意識がもうろうとする中、やっと解放されミサイルのような勢いで100メートル程の距離にあるトイレに走りに走った。
途中ですれ違った上司の顔すら覚えていないぐらいに走った、途中で解き放とうものなら私は定年まで影でクソ漏らしと呼ばれるだろう。
やっとの思いでトイレに駆け込み、何とか一命をとりとめたのであった。
安堵しベルトを外そうとすると、私のしていたベルトは自衛隊の方がつけていそうな二重ロックされているベルトだったのを思いだした。
何が言いたいかというと、勝負は最後まで何があるかわからないよねってお話。