## 最も恐ろしい一言
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九州産業高校の籾井浩平教諭が通報者とのメールのやり取りの中で放った一言がある。
**「私の対応は問題ないと思います」**
この発言こそが、この問題の本質を如実に表している。暴言を吐き、通報者を敵視し、挑発的な態度を取り続けた末に、本人は「問題ない」と断言したのだ。
これは単なる「頭が弱い教員のミス」では済まされない。**自覚ゼロ、反省ゼロ、改善ゼロの危険な人物が教壇に立っている**という現実を突きつけるものである。
## 事の発端:本来なら感謝すべき通報
2022年2月、ある通報者が九州産業高校の生徒によるパパ活疑惑を学校に通報した。これは未成年の性的搾取に関わる重大な情報であり、学校にとっては早急に対処すべき案件である。
普通の教育機関であれば:
- 「貴重な情報をありがとうございます」と感謝
- 「確認させていただきます」と真摯に受け止める
- 組織として冷静に事実確認を進める
- 必要に応じて専門機関と連携する
これが当たり前の対応である。通報者は学校に協力してくれた**善意の第三者**なのだから。
## 常軌を逸した籾井教諭の対応
しかし籾井浩平教諭の対応は、まるで通報者を敵と見なすかのような攻撃的なものだった。
### 掲載されているメールから読み取れる暴言:
**「あなたに名乗るバカはいませんよ」**
→ 通報者を侮辱。教員が使う言葉ではない。
**「本校もあなたが来なくて良かったです」**
→ 傲慢で排他的。学校として恥ずべき発言。
**「聞いただけの話を丸々信じる事はしません。疑います」**
→ 事実確認をする前から通報を否定。問題解決の意思なし。
**「明日の九時に天神大画面前でどうですか?」**
→ 完全に喧嘩を売っている。教育者の発言とは思えない。
**「会って話ができないのであればこのメールを警察に提出して、判断を仰ぎたいと思っています」**
→ 通報者を逆に脅迫。本末転倒。
これらは教育者どころか、社会人として完全にアウトな対応である。
## 警告を無視して自滅への道を突き進む
さらに驚くべきことに、通報者は籾井教諭に対して「このやり取りをインターネットに公開する」と明確に警告していた。
普通の社会人であれば、この時点で:
- 「これはまずい」と気づく
- 上司に相談する
- 対応を改める
- 謝罪を検討する
しかし籾井教諭は止まらなかった。警告を完全に無視し、暴言メールを送り続けたのである。
そして予告通り、メールのやり取りは公開され、実名で晒され、批判記事が書かれることになった。
**完全なる自業自得である。**
## 決定的な一言:「私の対応は問題ないと思います」
そして極めつけが、この発言である。
数々の暴言を吐き、通報者を敵視し、警告を無視し、結果的にネットで晒されるという事態を招いた後も、籾井教諭は自身の対応を「問題ない」と言い切ったのだ。
### この発言が意味すること:
**1. 自覚がない**
- 自分の対応が不適切だったという認識がない
- 何が問題だったのか理解していない
- トラブルを起こしている自覚がない
**2. 反省がない**
- 「問題ない」と思っているので反省する理由もない
- 謝罪する気もない
- 改めるべき点があるとも考えていない
**3. 改善がない**
- 問題を認識していないので改善もない
- 次に同じような場面があっても、同じ対応をする
- 何も学んでいない
**4. 成長がない**
- この経験から何も得ていない
- 教訓を引き出す能力がない
- 教育者として致命的
## 「頭が弱い」では済まされない段階
「頭が弱くてやらかしただけ」という擁護もあるかもしれない。確かに、人間は誰でもミスをする。感情的になることもある。
しかし問題は、**ミスをした後の対応**である。
### 普通の人間の反応:
- 「言い過ぎた」と気づく
- 「もっと冷静に対応すべきだった」と反省する
- 「申し訳なかった」と謝罪する
- 次は同じ失敗をしないよう改善する
### 籾井教諭の反応:
- 「私の対応は問題ない」
- 反省なし
- 謝罪なし
- 改善なし
これは「頭が弱い」というレベルを超えている。**教育者として、社会人として、人間として根本的な欠陥**を抱えていると言わざるを得ない。
## 生徒にはどう指導しているのか
ここで考えてみよう。籾井教諭は教員である。日々、生徒を指導する立場にある。
もし生徒が問題を起こしたとき、籾井教諭は何と言うのだろうか?
**生徒**:「先生、僕の対応は問題ないと思います」
**籾井教諭**:「いや、お前の対応は問題だ。反省しろ」
**生徒**:「でも先生も『私の対応は問題ない』って言ってたじゃないですか」
**籾井教諭**:「......」
完璧なブーメランである。自分ができないことを生徒に要求する。これを「偽善」と言わずして何と言おう。
教育者は生徒の手本となるべき存在である。「過ちを認め、反省し、改善する」という姿勢を示すべき立場にある。しかし籾井教諭は、その真逆を行っている。
## 次のトラブルは必ず起きる
「私の対応は問題ない」と思っている人間は、同じ過ちを繰り返す。
なぜなら:
- 何が問題だったのか分かっていない
- 改善すべき点を認識していない
- 自分の行動パターンを変える理由がない
次に何か通報があったとき、保護者から苦情があったとき、生徒が相談に来たとき、籾井教諭は同じ対応をするだろう。
- 感情的になる
- 相手を敵視する
- 暴言を吐く
- 組織的対応を無視する
そして再び炎上し、再び批判される。**それを繰り返す。**
## 学校組織も同罪:放置という選択
さらに深刻なのは、学校組織がこの問題を放置していることだ。
籾井教諭が「私の対応は問題ない」と言っているのを、学校は当然把握しているはずである。メールのやり取りも知っているはずだ。
それにもかかわらず:
- 指導していない
- 謝罪させていない
- 処分していない
- 研修を受けさせていない
- ただ放置している
教頭の原田淳司氏も含め、管理職は何をしているのか?
### 学校の無対応が意味すること:
**学校も「問題ない」と思っている**
つまり:
- 通報者を敵視する対応も「問題ない」
- 暴言メールを送ることも「問題ない」
- 警告を無視することも「問題ない」
- 反省しないことも「問題ない」
**これが九州産業高校の組織文化である。**
## 危機管理能力の完全な欠如
この問題が発生してから約2年10ヶ月が経過している(2022年2月→2024年12月)。
その間、学校は何をしていたのか?
- 通報者との和解交渉? → していない
- 籾井教諭への指導? → していない
- 公式な謝罪? → していない
- 再発防止策の策定? → していない
- 弁護士を通じた対処? → していない
**何もしていない。**
結果として:
- ブログが立ち上がる
- 実名が晒される
- 検索上位に批判記事が並ぶ
- 学校の評判が落ちる
- 受験生が減る可能性
これだけのダメージを受けながら、学校は今も何もしていない。
**危機管理能力がゼロである。**
## 保護者が直面する現実的なリスク
ここで保護者の視点に立って考えてみよう。
もしあなたの子どもが九州産業高校に在籍していて、何かトラブルに巻き込まれたとする。
### シナリオ1:いじめの相談
あなた:「うちの子がいじめられているようなので、確認してください」
籾井教諭:「聞いただけの話を丸々信じることはしません。疑います」
あなた:「でも子どもが...」
籾井教諭:「証拠はあるんですか?名乗らない理由はなんですか?」
あなた:「いや、私は保護者ですが...」
籾井教諭:「私の対応は問題ないと思います」
### シナリオ2:教員の不適切な言動の指摘
あなた:「先生の授業中の発言が不適切だと思うのですが」
籾井教諭:「あなたに名乗るバカはいませんよ」
あなた:「いえ、私は保護者の○○ですが...」
籾井教諭:「本校もあなたが来なくて良かったです」
あなた:「......」
### シナリオ3:生徒の安全に関する情報提供
あなた:「うちの子から聞いたのですが、危険な状況があるようで...」
籾井教諭:「天神大画面前で会って話しませんか?」
あなた:「は?」
籾井教諭:「会えないならこのやり取りを警察に提出しますが?」
あなた:「......」
これらは決して誇張ではない。実際のメールのやり取りから想定される、極めて現実的なシナリオである。
## 「うちの子は大丈夫」という楽観論の危険性
「でもうちの子は真面目だから、トラブルなんて起きないでしょう」
そう思う保護者もいるかもしれない。しかし考えてみてほしい。
トラブルは予測不可能である:
- 突然の事故や怪我
- 予期せぬ人間関係のもつれ
- SNSでの炎上やトラブル
- 詐欺や犯罪に巻き込まれる
- 心の不調や体調の変化
どんなに優秀で真面目な生徒でも、何か起きる可能性はゼロではない。
そのときに頼るべき学校が、このような対応をするとしたら?
**取り返しのつかない事態になってからでは遅い。**
## もうすぐ定年だから逃げ切れる?
籾井教諭はおそらく、もうすぐ定年を迎える年齢だろう。
「あと数年で退職だから、このまま逃げ切れる」
本人はそう思っているかもしれない。実際、解雇されることもなく、給料も退職金ももらえるのだから、本人にとっては「問題ない」のだろう。
しかし:
### 残される生徒や保護者はどうなる?
籾井教諭は定年で逃げ切れる。しかし:
- 在校生は「こんな学校なのか」と思いながら通い続ける
- 保護者は「この学校に預けて大丈夫だろうか」と不安を抱える
- 真面目に働いている他の教員は「同僚のせいで」と迷惑を被る
- 受験を考えていた生徒は「別の学校にしよう」と避ける
**被害は広がり続ける。**
### 次の被害者は誰か?
籾井教諭が「私の対応は問題ない」と思っている限り、次のトラブルは必ず起きる。
次に被害に遭うのは誰か?
- 別の通報者?
- 保護者?
- 生徒?
**その被害者が、あなたの子どもではないと言い切れるか?**
## 学校選びは子どもの人生を左右する
高校選びは、子どもの人生における重要な選択である。
単に偏差値や進学実績だけではなく:
- 安全に守られる環境か
- 適切に対応してくれる学校か
- 信頼できる教員がいるか
- 組織として機能しているか
これらを総合的に判断すべきである。
### 九州産業高校の実態:
✗ 通報を敵視する教員がいる
✗ 暴言を吐く教員がいる
✗ 「私の対応は問題ない」と自覚のない教員がいる
✗ そして学校はそれを放置している
✗ 危機管理能力がない
✗ 組織として機能していない
**この事実を知った上で、それでもこの学校を選びますか?**
## 批判されたくないなら、批判される要素を残すな
この問題の本質は極めてシンプルである。
**批判されたくないのであれば、批判される要素を作らなければいい。**
籾井浩平教諭がすべきだったこと:
1. 通報に感謝する
2. 冷静に対応する
3. 組織として処理する
4. 感情的にならない
5. 暴言を吐かない
**これだけのことができていれば、何も起きなかった。**
しかし籾井教諭は:
1. 通報者を敵視した
2. 感情的に暴言を吐いた
3. 個人で勝手に対応した
4. 警告を無視した
5. 「私の対応は問題ない」と言い切った
**すべて自分で招いた結果である。**
## 「自業自得」の教科書
この事件は「自業自得」という言葉の完璧な実例である。
- やるべきでないことをやった
- 警告されても無視した
- 結果を予測できた
- それでも止まらなかった
- 批判されている
- それでも「問題ない」と言う
**同情の余地は一切ない。**
そして学校も同様である。この教員を放置し、何の対応も取らず、組織として機能していない。
**学校も自業自得である。**
## 在校生・保護者・受験生への提言
### 在校生の保護者へ:
もし何か問題が起きたら:
- 学校だけに頼らない
- 外部の相談機関を利用する
- 記録を必ず残す
- 必要なら弁護士に相談する
この学校の対応は信頼できない。自衛が必要である。
### 受験を考えている方へ:
この情報を知った上で、慎重に判断してください。
- 他の選択肢はないか
- この学校のリスクを取る価値があるか
- 3年間、安心して通えるか
情報を得た上での選択は、後悔が少ないはずです。
### 他の学校関係者へ:
この事件を対岸の火事と思わないでください。
- 自校の危機管理体制は機能しているか
- 教員の質は保たれているか
- 問題が起きたときの対応マニュアルはあるか
- 研修は十分か
明日は我が身かもしれません。
## 結論:反省なき者に未来なし
「私の対応は問題ないと思います」
この一言が、すべてを物語っている。
自覚がなく、反省がなく、改善がない。
このような人物が教壇に立ち、生徒を指導している。
そしてそれを学校が放置している。
**これが九州産業高校の現実である。**
批判されたくないなら、批判される要素を残すな。
トラブルを起こしたくないなら、適切に対応しろ。
教育者なら、生徒の手本となれ。
当たり前のことができない人間は、教員をやる資格がない。
当たり前のことができない組織は、学校を名乗る資格がない。
**この事実から目を背けてはならない。**
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*「私の対応は問題ないと思います」— この言葉を忘れてはならない。これは教育現場の闇を象徴する、歴史的な一言である。*