昨年、1月末にオイラの大好きだった先輩が、胃ガンで亡くなった。
50歳の若さだった。
会社入社以来15年以上一緒に頑張ってきた人であり、かなりショックで
お通夜も終わり、親族や友人の人達が食事の部屋に移動した後、
元気であった頃の位牌を見た瞬間、
涙をこらえきれず、声を押し殺し部屋の隅で泣いてしまいました。(ノ_-。)
一昨年の秋にも自分の息子も生まれてすぐ亡くしていたので、ダブルショックでした。
次の日の葬式でも、他の人達が最後の顔を見てお別れしていましたが、
オイラは見ることが出来ませんでした。いや、見なかったと言った方が
正しいかなと思います。
重病と戦い続けてやつれきった先輩の顔は、先輩自身も見られたくないだろうし、
オイラも見たくなく、元気な頃のまま記憶したかった
それとこぼれる涙をがまんする自信がなかったんだろうと思う。
元気だった頃を思い起こすと、
仕事やプライベートな事をなんでも気軽に相談出来る兄貴的先輩だったし、
一緒に夜遅くまで会社でビールを飲みながら(あ、今は飲んでませんよ)
頑張ったのが、懐かしく思い出されます。
いつも周囲に明るさを振りまき、絶対に後輩を見捨てる事はしないし、
常に自分より周囲を大切に出来る人でした。
そんな先輩が、一昨年の8月頃に突如の胃の激痛でいやいや Y(>_<、)Y
病院に行ったところ、胃潰瘍らしいという事で1カ月程度検査入院した。
そんな時期は、時々抜け出して会社で仕事したりしてたし本人も大丈夫って
言ってたんだけど・・・
一度退院してきたものの、10月の初めに胃痛が激しくなり再入院
その後は病院からの指示で本人の負担になるからと、面会謝絶に・・
会社のごく一部(幼馴染の工事部長と同年代の設計次長)のみが
面会許可って事になり会えなくなった。
オイラや後輩達は先輩の事が心配ながらも、先輩の抜けた穴を
埋めるべく日々がんばっていた・・
そして3か月が経ち・・
昨年の1月中過ぎ、工事部長からオイラと後輩達に緊急招集がかかった。
『10月から入院していて、だんだんひどくなる一方だったので検査、
手術をしたが原因がつかめず、薬で傷みを散らしていたのが現状だった。
そして、12月の後半に再検査でガンが見つかったが、
見つかるのが遅すぎて末期であり手遅れだった・・・
・・・
医者の話では、もう1週間程度しかもたないとの事だった・・
・・
今まで隠していて申し訳なかった。
本人から自分が弱っていくのを見せたくないから、今まで面会を
断ってくれと言われていたし、みんなも会いたいだろうけど
本人はもう、くるしみながら死を待つのみだし会いにいくのは
・・・がまんしてほしい』(>_<)
“生きてるうちに最後に会いたい”
口には出さないが、みんなそう心でそう思い、つらかったただろうと思う。
でも、今まで知りながら周りに言えなかった工事部長は、
オイラ達よりもっとつらかっただろうと思う。
ここまで人に愛され人を育てた先輩は、地位はさほどではなかったが、
オイラもふくめ?良い人材をたくさん育ててくれた
一流の人間
であったと思う。
そういえば、人間の評価は人生最後に下されるって誰か偉い人が言ってたな
オイラも先輩みたいに人を愛し、愛されたくさんの人材を残せるよう頑張ろう。
今年は周囲を大切にする事を心がけます。