けろりんの気が向いたら写真日記
事故で 突然逝ってしまった
甥っ子Tちゃん
今日 四十九日法要に参列
無事 旅立って行ったかな…
Tちゃんは幼少期 発達障害と言われていた
言葉が遅かったかな
自分のを気持ちをうまく伝えられなくて
泣いてしまったり…
学校で何かを強制的にさせられることが
苦手だったり…
学校のテストは白紙 とか
一方で自分の興味あることに
一生懸命になる
例えば お魚が大好きで
頭に魚の図鑑が丸ごと入ってしまうような …
そして 色んな魚の特徴を的確に捉えて
大きな紙に マジックで下描きもなく
描ける!
小学生にして お魚検定3級合格
これは さかなクンの弟子になれる!
とホントに思った
そうした才能に
学校の教師や同級生が
恐らく ついていけなくて
「発達障害」というくくりに入れ
支援学級に入れてしまう
入れられた方は傷つくし
周囲の者に不信感を持ち…
心を閉ざしてしまう
Tちゃんはお兄ちゃんと小さい頃から
よく遊びに来てくれたし
私たちからすれば
発達障害などとは思わなかった
母親である私の妹は
その持ち前の寛容さで…
しっかりと 見守って
Tちゃんに それでは周囲の人には
伝わらないよ と教えるべきは教え…
学校の先生たちにも
障害ではなく個性として
長い目で見守ってやって欲しい
と訴え続けた
学校に呼び出されることも多々あったし
家庭でも急に飛び出して行って行方不明
警察のお世話になったことも何度となく😨
それでも母親は
待ってやって 見守ってやって…
よくウチの
「〇〇でなければならない」が強かった
あの両親からこんな娘が生まれたものだ
と思うほど
妹は しっかりと息子を育て続けた
高校がTちゃんの肌に合ったのか
意気投合できる先輩に出会ったり…
弓道部に入部したり…
小説を書き始めたり…
どんどんやりたいことが膨らんで…
私の母が寝たきりになってからも
ウチに何度も来てくれて…
今興味のあることをいっぱい話してくれた
その頃から興味を持ち始めた旧日本海軍
母方の祖父(Tちゃんにとっては曽祖父)が
海軍軍人だったのを知り…
同期生が 戦艦大和最期の艦長だったことを
突き止めたり…
戦艦の型式なんかにも詳しく…
その知識量は凡人の域を遥かに越えていた
興味あることには突進していくTちゃん
私たちの従姉妹のY姉ちゃんが住む
母の実家に海軍資料を見せてもらいに行ったり
…ホントに 好きなことに没頭する!
これは 発達障害 なんかじゃなく
人間本来が持つ 才能 を
最大限に発揮して 懸命に 生きているんだ!
だから
世の 発達障害 と言われた子を持つ
お母さんたち
どうか その子が 周りの子と比べ
「できないこと」を 見るのではなく
その子が持っている 「できること」 を
見てやって欲しい
その「できること」を見守って
伸ばしてやって欲しい
一番近くにいる母親が理解者であれば
その子は安心して
その才能を伸ばしていけるから
生きていくのに必要な
国語力、算数力なんか
そのうち身についていくから…
Tちゃん
別の世界に行っても
やりたいこと好きなこと
いっぱいやってね!
日付が替わる頃入った
バイクで事故して…逝ってしまった
甥っ子のTちゃんの訃報から10日
あまりにも突然で
知らせを受けてから
ずっと 心臓がバクバクして…
胸が苦しかった
まだ20歳
小さい頃から よく遊びに来てくれた
母が寝たきりになってからも
「おばあちゃんに見せてあげるんだ」
と、高校の弓道部の袴姿を披露してくれたり…
もう あまり目を開けることもなくなった
母に
「おばあちゃん 僕だよ Tだよ」
と声をかけてくれたり…
私のことを小さい頃から
「Cちゃん」
と慕ってくれて…一緒によく遊んだ
高校、大学生になっても
今 興味のあることを
いっぱい話してくれた
「やりたいことが
いっぱいありすぎて
時間が足りない!」
って
未だに信じられない
納棺式に立ち合って
その亡骸を目にしても
冷たい手にふれても
通夜の席にあっても
葬儀を済ませ
斎場で納骨を済ませても
なんか夢を見ているような…
つい先日 学園祭も楽しそうにしてた
という話を聞いたばかりだった
小さな葬儀場で家族葬だったが
通夜には大学のサークルの仲間がたくさん
参列してくれた
高校の先輩がひとり通夜も葬儀も参列してくれ
送り出す棺も持ってくれた
手先が器用で折り紙も上手だったTちゃん
みんなで 折り紙にメッセージを書いて
折り鶴や亀や兜…色々作って棺に納めた
Tちゃんが作ってくれた小さな
折り紙の鶴と亀
ストローのエビ
葬儀場の係の方があたたかい
Tちゃんが釣りが好きだったという話を聞いて
「これなら燃えますから」
と 鯛が3匹ついた釣り竿を紙で
手作りして下さったのも棺に納め
Tちゃん監修の大学のサークルの文芸誌を
仲間たちから託され…それも納め
みんなで お花でいっぱいにして…
家族さんだけで お別れの時間を
ゆっくり…と
係の方々は退かれ…
みんなで別れの時間を過ごしました
私も
「Tちゃん
いっぱい いっぱい
ありがとうね」
と頭を なでなでして
お別れしました
両親を相次いで見送っても
泣かなかった私
入退院を繰り返し…
寝たきりになってから2年半
親が亡くなるということを
受け入れる時間を与えられた
と思う
あまりにも突然で
あまりにもあっけなすぎて
あまりにも若すぎる
もう会えないんだ
もう
「Cちゃん」
て呼んでくれないんだ
涙が止まらなかった
生きていることは当たり前じゃなかった
母が大切にしていた小菊が咲いた
お父さんお母さん
Tちゃん 迎えに来てやってね
先日 母方のおばあちゃんの
40年祭
(ウチは神道なので…)
母方は仏教徒なんだけど、父が
ウチの祖霊に一緒に祀っていたみたい
父方母方と区別をつける理由もないし
私たちにしたら、どちらも同じ祖霊様なので
三姉妹でお参りに行った
あれから40年にもなるんだなあ
爽やかで穏やかな気候
平日で同じ日に 霊祭するお参りの家庭も
少なく、静かに粛々とお祭りは終わりました
気持ちいいね~と拝殿の周りの
神苑をお散歩し…帰りかけに
姉が藤袴が咲いている一角まで行ってみよう
と…
そこは 色んな蝶々がたくさん飛び交って
さながら楽園のようでした
その中に ひときわ美しい
あまり見かけない蝶々が2匹
これ
アサギマダラ
じゃない?あの海を渡るっていう
妹がスマホで撮影を始め…
もう少し 近くに 来てくれへんかな~
なんて言ってるうちに
1匹が ヒラヒラと近くの藤袴にとまって
まるでその美しい羽を見せてくれているように
しばらくの間 羽を閉じたり開いたりして…
そのうち私たち3人の間をすり抜けて
もう 1匹の待つ花の方へ戻って行った
姉が
おばあちゃんの着てた着物を
思い出したわ
と…
ああ おばあちゃん会いに来てくれたんだね
と まるで天国のような空間にいた私たちは
涙が出そうだった
おばあちゃん ありがとう
一緒にいたもう1匹は
亡くなるまでずっと おばあちゃんの
お世話をしてた
Sおばちゃん(母の姉)だね
と…
おばあちゃんやSおばちゃんの
思い出話を語り合い
とてもとても
穏やかで 幸せな ひととき
でした
今日はお参りに来られて
良かった~

