(家系図を見てきちんと訂正してみました?家系図むずかし~い)


私が小学校へ上がる前後だろうか

正確には覚えていない



或る夜

私が寝入ったころ

突然

おばあちゃんの叫び声で目を覚ました

【○○○が死んだど~○○○が死んだど~・・・私の父の名前~私の父の名前~】

その悲痛な叫びは

天井の深い闇に沈んで行く様な

鈍い痛みがした



私は恐る恐る部屋の引き戸を少し開けて

おばあちゃんの様子を覗いてみた

おばあちゃんはテレビの前から飛び上がって

父を捜していた



僕は部屋から出てはいけない様な気がして

そっと扉を閉めて再び眠ってしまった



○○○は私の従伯父(じゅうはくふ)

父方の私のお爺さんの姉の子供

祖伯母(おおおば)様(お爺さんの姉)は

赤十字の看護婦(現代では看護師と言います)として

遠く大陸まで行ったとか


従伯父は長男だった


テレビニュースに載るほどの

大きな交通事故だった

搭乗者全員即死たったと聞いている




苦労した従伯父

従伯父は分厚いメガネを掛けていた

ラーメン屋で働いていた時

湯気で曇ったメガネを拭っていると

包丁が飛んで来たとか




わたしの従伯父の記憶と言えば

わたしと弟が

一度だけ祖伯母様の家に泊めてもらった時

沢山のおもちゃを買って貰った事

わたしにはサンダーバード2号の大きなプラモデルを買ってもらった

その夜

わたしは

【おねしょ】をしてしまい

祖伯母様のご主人がわたしのパンツを買に行ってくれた

優しい家族だった




従伯父には将来を誓い合った女性がいた

彼女は彼を追って逝った

自殺だった

彼女にとって彼は人生の全てだったのだろう





彼女の家も私の家と親戚

二つの親戚が気まずくなった





しばらくして

なにもかも落ち着いたころ

祖伯母様たち家族が

わたしの家に訪ねてきた

祖伯母様は

本当に美しかった・・・

(神々しいと言った方が良いのだろうか・・・)

彼女は気丈に生きた






こんな不幸依存症患者の馬鹿げた詩が有った


春日狂想(中原中也)



愛する者が死んだときには、
自殺しなけあなりません

愛する者が死んだときには、
それより他に、方法がない。

けれどもそれでも、業(ごふ)が深くて、
なほもながらふことともなつたら、

奉仕の氣持ちに、なることなんです。
奉仕の氣持ちに、なることなんです。

愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、

もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、

奉仕の氣持ちに、ならなあいけない。
奉仕の氣持ちに、ならなあいけない。

・・・








でもでも・・・

あなた(あなたって誰のこと?)に

本当にあげたい詩は

これ・・・








生きていなさい(ナードソン・池田健太郎訳)


生きていなさい、

  ---星がわたしに言いました、

  お日さまも、森も、小川も言いました、

生きていなさい、

  ---野辺の花が

  わたしを仰いでささやきました・・・・・・