私は食べ物が大好きだ
食べていると幸せを感じる
幸せなので量もたくさん食べる
普段から一般的な人の2~3倍は食べていると思う
ちなみに好き嫌いもほとんど無い
たくさん食べると
たくさん脂肪がつく
たくさん脂肪がついた状態をデブという
そう私はデブ、太っているのだ
ザックリいえば普通の人の1.5倍くらい体重がある
人の2~3倍も食べているのに、体重は1.5倍にしか増えないなんて・・・
もしかして、
オレって太りにくい体質なのかな?
なんてバカみたいな事をむかし本当に思っていた事をいま思い出した
今考えると恥ずかしい
本当にめちゃくちゃ恥ずかしい
アホすぎるだろ
なんだその「2倍たべたら体重も2倍になる理論」は
どうやら私は太っている上に頭の方も弱いらしい
ガッカリだ
自分にガッカリ
まあでも今日はデブの話なので
頭の良しあしについてはまた別の機会に話そうと思う
さて
まあ
わたしは普通にデブだ
いや普通じゃない
デブの中でも大きい方だと思う
そこに不思議はない
たくさん食べている→脂肪が増える→デブになる
まあ、ですよね。という話だ
ナリ心理学では「過去・現在を認める」という考え方がある
それで言うと
私はデブなのを認めるべきと言うことになる
確かに、どうみてもデブなのに
「私はデブじゃない!ぽっちゃり系なだけだ!!!」
とかいって胡麻化しても何の解決にもならない
まず、デブなのを認めよう
そして「いま痩せられていない」ことも認めよう
そしてなぜデブなのか痩せられないのかを考えよう
ナリ心理学ではこの「なぜ?」という視点もとても大事だと学んだ
なぜデブか?
先ほども書いたがたくさん食べるからだ
ではなぜたくさん食べてしまうのか?
それは食べ物が好きだからだ
ではなぜ食べ物が好きなのか?
一つは純粋に「食べ物に興味があるのだとおもう」
でもそれだけではない気がする
食べ物がすきでも節度をもって普通の量しか食べない人はたくさんいる
しかも我慢しているわけではなく
その量で満足しているのだ、食べ物が好きなのに
なぜ私は満足しないのか?
なぜ痩せられないのか?
ここでもっと深く自分のルーツを探ると
毒親に育てられ
変な価値観を植え付けられて
心が弱く
楽しいとは言えない子供時代をおくってきたので
そんな環境から逃げる
唯一の楽しみが
「食べる事」だったのかも知れない
うちの父親はわりと美食家というか
食べ物が好きで
お金もちょっとあったので
私がまだ幼く、物心ついた頃には
回らないお寿司屋さんや
本格的な焼肉屋さんなど
いろいろ美味しい物を食べる環境が整っていた
そしてバクバク食べた
家での料理も父が味にうるさい人だったので
料理がバカ美味い
もちろんバクバク食べた
なので小学3年生くらいから
ちょっと肥満気味というか
細くはない体形になっていたと思う
そんな食の環境と(家庭がグルメ)
そんな心の環境が(毒親・非ダイヤ)
そろってしまっていた。
そう
私にとって食べ物は
ただ好きな物ではない
心のよりどころなのだ
こうやって自分の過去を思い出していくと
なんだか悲しい
まあしょうがない
毒親の元に生まれたのは
私のせいじゃない
私は1ミリも悪くないが
私の人生を変えられるのは私しかいない
どう転ぼうが私が責任を取るしかない
だからいまナリ心理学を学んでいるのだ
少しでも未来を明るくするために
生まれてきて良かったと言えるために
そう、だから
私の場合は食べ物好きなのではなく
きっと
食べ物依存
だとおもう
依存症といえは「症」がつくので立派な病気だ(ドクターに診て貰ったわけではないけど)
そしてもう一つ
ここで勘違いしてはいけないのは
ナリ心理学は「なんでも夢を叶える無敵のドラえもんではない」ということだ
ナリ心理学を学んでガチダイヤに成ったら絶対に痩せるに違いない!
と言うのは間違った解釈になると思う
もちろん絶対に痩せないという訳でもないが
人それぞれ向き不向きもあるし
私の場合は「病気」の可能性も高い
「時間さえあればなんでもできる、あとは間に合うかどうか」もナリ心理学の教えの一つだが
普通にやろうとして実際に出来ていないのだから
やって結果を出すには「行動して結果を出すための工夫」が必要だ
工夫の話をここではじめてしまうと
今回の趣旨から脱線してしまうので(終わらないので)
話を戻すと
ナリ心理学では
過去を認め、そこからくるであろう未来を受け入れて、ケアをする
という考え方があるので
私の場合は
毒親育ち→非ダイヤ価値観→食べ物依存→デブ→【現在】
【現在】→痩せられないかもしれない→病気・短命・モテない・服のサイズが無い・自己嫌悪
などあんまり良くない未来が予想できる
まず、そういう未来を「受け入れる」
受け入れるという事は、
そういう未来が来るかもなと予想して準備をする、あわてない
ナリ心理学では「あわてない」も大事だ
嫌な未来を予想しているので
ついつい「覚悟する」とかいう表現を使いたくなってしまうが
それはなんだか空気が深刻になってしまう
深刻さは敵だ
深刻さは我慢を呼び寄せる気がする
あわてない
あわてない
そういう未来を受け入れたら、その次は
それをケアすることだ
何となく「受け入れる=あきらめる」と連想してしまいがちだが
これはより良い未来のためのナリ心理学なので
未来を受け入れたら→それをケアする(あきらめて人生を投げる訳ではない)
私が最近ケアとして行動している事は
なるべく毎日ウォーキング
調子がよければランニング
2日にいっぺん筋トレ
毎日少しでも体幹トレーニング
体に良さそうなサプリ
さすがに夜遅くは食べるのやめる
などをしている
痩せる!ダイエット!と言うレベルでいえば「あまい内容」だと思うが
現状で精一杯できるケアとしては
まあこんな所かと思う
本当は食べる量を減らさないと痩せないだろうなとは思っているが
その行動ができない
どういう「工夫」をしたら「食べる量を減らす行動」ができるのか???
痩せることを諦めた訳ではないので
まず落ち着いて
気合とか覚悟とかはいらないので
痩せるための「行動するための工夫」を考えてみたいと思う
※私はナリ心理学をマスターしている訳ではなく
まだ勉強中なので、過去を認め未来を受け入れる練習はこれからも
していきます。ここで書いたからもう出来てるとかまったく思わない
まだ何となくしかつかめていない、あやふやな部分がまだまだある
【結論】
私のデブはたぶん依存症から来ている
未来を予想してケアする(出来る行動をする)
どうしたら痩せるのかは諦めずに考えたい(食べる量を減らす行動をするための工夫)