いよいよキャンプファイヤーの開催時間も残りわずかになった現在。
会場内は、イベント開始早々から明々と燃え盛る三つの櫓の炎の勢いは依然として変わらないものの、それとは裏腹に、さっきまでのお祭り騒ぎがいつの間にかどこかへと消えてしっとりとした落ち着いた雰囲気に包まれている。
そんなキャンプファイヤーの終わりを告げる足音が少しずつ近付いてくる中、わたしと椿もまた他の生徒たちと同じように静かに櫓の炎を見つめる。
「でさ、椿。さっきの話なんだけど……」
わたしはタイミングを見計らって、櫓の炎でオレンジ色に染まるその椿の横顔に少し緊張した声を掛ける。
椿が「おう」と短く答えて、櫓から目を離してこちらに顔を向ける。
「えっと、あの、さっき言った大事な話なんだけど……」
そこまで口にして、わたしは言葉を詰まらせる。
ダメだ。
告白をする決心はもうとっくについていたはずなのに、いざこうして椿を目の前にすると、やっぱりめちゃくちゃ緊張する。
それに、もしこの告白に失敗すれば、もう椿とは今みたいな関係でいられなくなるかもしれない。
そう思うと、不安で胸が圧し潰されそうになる。
だけど、ここまできて告白を諦めるわけにはいかない。
だって、今ここで椿に告白をしなかったら、さっきまでの頑張りが全部無駄になってしまうのだから。
わたしは一度深呼吸した。そして、「よし、今から椿に想いを伝えるんだ!」と、そう覚悟を決めて、
「聞いて、椿! わたし、ずっと前から……アンタの事が好きだったの!」
一思いに三年間ずっと伝えたかった自分の想いを椿にぶつけた。
「えっと、その……だから、わたしとハチマキを結んで欲しいのっ!」
それから、椿に向かってハチマキを差し出した。
ついに言ってしまった。
もうこれで後戻りできない。
そう思った途端、椿の返事への不安や恐怖、それに期待が一気に押し寄せてきて胸の中を占拠する。
お願い、神様――。
わたしは俯いて強く祈りながら、破裂しそうなくらいに心臓を高鳴らせて椿の返事を待つ。
「…………」
ところが――告白してから一秒、二秒、三秒……。
やがて、一○秒以上経っても椿からの返事が返ってこない。
わたしは息苦しくてまるで生きた心地がしない、そんな時間にいよいよ耐えられなくなって、恐る恐る椿の様子を窺がう。
顔を上げた瞬間、椿の曇った表情が目に飛び込んでくる。
え、この反応って……。
ああダメだ、たぶん振られてしまう。
嫌な想像が頭を過ぎり、自然と目頭が熱くなる。
「あの、えっと、椿……もしかして、ダメって事……?」
わたしは溢れだしそうになる涙を必死に我慢しながら、何とか椿に確認する。
すると、椿は今にも泣きだしそうなわたしの様子に気付いて、
「ちょ、おいおい! 違うって! 勘違いすんなって! いや、そうじゃなくってよ……!」
と、慌てた口調ですぐにわたしの言葉を否定した。
「え? じゃあ、返事は……?」
「そんなのオッケーに決まってんじゃねーか!」
「……えっ!! ウ、ウソっ!? ホントにっ……?」
椿の返事が信じられなくて、わたしは思わず聞き返してしまう。
「ああ、もちろん本当だ。つーか、嘘ついてどーすんだよ!」
その椿の言葉を耳にした途端、緊張が解けて身体中の力が抜ける。
「……もう。でも、だったら何ですぐに答えてくれなかったのよ? わたし、めっちゃくちゃ不安だったんだから……」
「あー、いや……そりゃ悪かった! ちょっと動揺しちまってよ……」
「えっ、動揺? どうして?」
「実はさ、俺もキャンプファイヤーでお前に気持ちを伝えようと思ってたんだよ。けど、それを先にお前の方から言われちまったもんだから、思わずビックリしちまってよ……」
「えっ……!? そ、そうだったの?」
椿が「おう、まあな」とバツが悪そうにしながら頷く。
「つーかよ、そういう事は男の俺に言わせろっての! じゃねーと俺の立場がないじゃねーかよ! あ~あ、キャンプファイヤーでお前に告ろうと思って、せっかく黄小路さんに問い詰められた時に我慢して言わなかったってのによ~!」
くそ、俺マジでカッコわりィな、と。
椿が悔しそうな口調でこぼしながらガシガシと頭を掻く。
うそ!?
実は椿と両想いだったなんて!
しかも、椿から告白しようとしてくれていたなんて……!!
わたしは椿の嬉しい言葉に胸をキュンとさせながら身体を熱くさせる。
「よし! そんじゃあ、まあ時間もあんまねーし……暁、さっさとハチマキ結んじまうか?」
「あ、うん! そ、そうね!」
椿の言う通り、キャンプファイヤーの開催時間も残りあと五分くらい。
せっかく苦労して告白を成功させたのに、時間切れで椿とハチマキを結べなかったら全部台無しだ。
わたしは想いが成就した余韻に浸る暇なく、すぐに椿とハチマキを結ぶ準備に取り掛かった。
キャンプファイヤーの伝説のジンクスは、『お互いの名前を書いたハチマキを結んで櫓の炎に投げ込む』というのが条件だ。
なので、わたしと椿は自分のハチマキに用意していたマジックでお互いの名前を書き込んで、それをしっかりと結びつける。
「っ……」
念願が叶ってついに椿とハチマキを結べたものの、実際にこうしてみると、かなり照れくさくて恥ずかしい。
思わず顔と耳がカーッと熱くなる。
「おっしゃ、これでオッケーだな! そんじゃハチマキを投げ込もうぜ!」
投げ込む準備が整ったところで、椿がそう促して櫓の方に視線を向ける。
心なしか、その横顔が赤くなっている気がする。
結びつけたハチマキの両端を二人で持って櫓の炎の前に立つ。
「じゃあ、いくぞ?」
「う、うん」
目の前でパチパチと音を立てながら明々と燃え盛る櫓。
そこに、二人で「せーの」の合図でハチマキを投げ込む。
その途端に、メラメラと燃え盛る炎の中で、一本に結ばれた二本のハチマキが勢いよく燃えてゆく。
そんな中、わたしは願う。
どうか、これからも椿と一緒にいられますように。
そして、もっともっと良い関係を築いていけますように。
それから、キャンプファイヤーの伝説の二人みたいに心が通じ合えますようにって――。
やがて、三○秒ほど経って、ハチマキが完全に炎の中に消えていく。
これにて、キャンプファイヤーの伝説のジンクスは完了だ。
それにしても、まさかこんな風に、椿と両想いになれてハチマキを結べる日が来るなんて……。
一度は諦めていた、わたしの椿へのこの想い。
それが三年の月日を経て、ようやく今叶ったのだ。
もうその感動と言ったら、言葉にできないほどだ。
と、わたしがいろいろな思いで胸をいっぱいにして、独りで舞い上がっていると、
「つーか、暁。何だよハチマキの、あの必勝ってやつ……。お前ちょっと気合入れすぎだろ!」
椿がわたしのハチマキの刺繍についてニヤけた顔でツッコミを入れてくる。
「えっ!? あ、そ、それは……!」
知っての通り、わたしがハチマキに『必勝』の刺繍を入れたのは、体育祭で勝ちたかったからじゃない。告白を成功させる(恋の勝負に勝つ)為だ。もちろん、そんな事恥ずかしくて椿に言えるわけがない。
「……うん。そ、そうよ。体育祭で勝つための願掛けよ! てゆーか、もういいでしょ! そんなのわたしの勝手でしょ!」
「ったく、そんなに体育祭で勝ちたかったのかよ? 暁、お前って昔から本当に負けず嫌いだよな!」
適当に誤魔化したわたしの言葉を信じた椿が「ははっ」と無邪気な顔で笑う。それから、一頻り笑った後に、
「おっと、そうだ! いろいろあって忘れるとこだったぜ」
と、ポケットから可愛らしい包み紙を取り出して「これ受け取ってくれよ」と、わたしに差し出してくる。
「……? えっと、何これ?」
わたしはわけが分からず、椿に怪訝な顔を向ける。
「いやいや……暁、お前明日誕生日だろ? だから、その、まあ一日はえーけど、一応誕生日プレゼントを渡しとこうと思ってよ……」
「……あっ!」
そう言えば、明日――9月17日は、わたしの17回目の誕生日だった。この二日間、欄高祭や告白、それにストーカーの事でずっとバタバタしていたのですっかり忘れていた。
というか、椿がわたしの誕生日をちゃんと覚えていてくれたなんて……。
何か少し照れるけどめちゃくちゃ嬉しい。
「ありがとう、椿っ!」
わたしは感激しながら包み紙を受け取る。
「暁、開けてみてくれよ! まあ、大したもんじゃねーけど」
「うん、開けてみるね!」
椿に促されて、わたしは可愛らしくラッピングされた包み紙を開く。
すると、その中には可愛らしい飾りのついたヘアゴムが二つ。
「わぁっ! 何これ! めっちゃかわいいじゃない!」
「お、おう。そっか? そりゃよかったぜ! なんだったら、今使ってみてくれよ!」
「うん! わたし、今ヘアゴム片方しかなかったから。すごく助かる!」
笑顔の椿を前に、わたしはさっそく手慣れた手つきで髪を纏めてヘアゴムで固定する。
「どう? 椿?」
「おっ、いいじゃん! なかなか似合ってんじゃねーか! つか、やっぱ暁はその髪型じゃねーとな!」
いつものツインテール姿のわたしを目にして、椿が腕を組んで満足そうに「うんうん」と頷く。
わたしはそんな椿の反応に何だか気恥ずかしくなって、
「いやいや、ちょっと椿! アンタ、中学の時にわたしの髪型の事めちゃくちゃバカにしてたじゃないのよ!」
思わず、照れ隠しでいつものように憎まれ口を叩いてしまう。
「あん? そうだっけか? 俺、お前にそんな事言ったかぁ? わりィ。つーか、そんな昔の事覚えてねーって!」
「はぁ!? もう、何よそれー! わたし、あの時アンタに髪型の事言われて、めっちゃムカついたんだからねっ!?」
「まあまあ、もういいじゃねーか! そんな昔の事はよー」
「ちょっと何言ってんのよ! 全然よくないわよ! 椿、アンタってホント昔っからいい加減なんだからー!」
結局、いつものように適当に軽口を叩く椿とそれに対して怒るわたし。
その光景は恋人同士になっても、以前と何も変わらない。
だけど、と。
わたしはそんなやり取りを椿と交わしながら思う。
わたしと椿がこうして恋人同士になった以上、たぶんこれからは少しずつ変わっていくんだろうなぁって。
例えば、それは普段の会話ややり取りのような些細な事だったり――。
「つーか、なあ暁。明日から振替休日だしよ。一日早えーけど、この後、お前の誕生日会でもやらねーか?」
「あ、うん。じゃあ去年みたいに司も呼ばなきゃ……」
「……いや、今年は二人だけでやろうと思うんだけどよ」
それに、こんな風にお馴染みのイベントが今までとは少し違っていったり――。
そんな風に、すべてが『友達』から『恋人』のものへと変わっていくはずだ。
確かに、今まで椿と友達という関係が長かった分、すぐには新しい関係に馴染めないかもしれない。
もしかしたら、時には戸惑ったり、不安になったりするかもしれない。
それでも――わたしはもう昔の自分みたいにブレーキをかけたりしない。
今までの日々(関係)を壊して、椿と二人で少しずつ変わって、その先に進んでいこうと思う。
そう、だって。
勇気を出して、一歩進んだその暁(あかつき)には――。
きっと、最高の未来が待っているって。わたしはそう信じているから。
「ったく、何急に黙ってんだよ? つーか、暁。二人で誕生日会やるの、もう決定事項な!」
わたしの様子にじれったく思ったのか、椿が強制的に話を終わらせる。
「ほら、行くぞ! 暁」
「うん。これからもよろしく、椿」
わたしは椿が照れ臭そうにしながら差し出してくれた、その手をしっかりと握った。
そう言えば、わたしの恋物語が無事に終わったところで、最後に一つだけ。
これは余談なんだけど――実を言うとね、キャンプファイヤーの伝説の物語には続きがあって、二人の物語には悲恋で終わらない別の結末が存在するのよ。
わたしはその衝撃の事実を、つばさが見せてくれた古い文集に記載されていたキャンプファイヤーの伝説の『真実』の記事を読んで知ったんだけど、内容はこんな感じ。
話は、わたしが最初に語ったところの続き。男の子と女の子が体育祭でキャンプファイヤーに永遠の愛を誓ってハチマキを結んで投げ込んだ後の事。
何と不思議な事に、キャンプファイヤーに誓った二人の想いが神様に届いたのか――その次の日から、女の子の身体は見る見るうちに良くなっていって、やがて一ヶ月後には女の子の病気はすっかり治って元気になったのよ。
そして、そんな信じられない奇跡を目の当たりにした彼女の両親は大喜び。その結果として、娘が助かって猛烈に感動した父親は、今までの二人に対する態度を深く反省して、改心したそうなの。
まあそんなわけで、晴れて二人は仲を認められ、その後、みんなに祝福されて、それはそれは幸せに暮らしたんだってさ。
めでたし、めでたし。
瞬華愁灯~daybreak!~
Ⅷ「そんなのオッケーに決まってんじゃねーか!」 了