捨て駒


「今年中に工場を移転する事になった」

梅雨入りの雨が塗炭を弾く音だけが静かに反響していた。少しの沈黙の後に工場長は続けた。「国との話し合いの末、土地と工場は補償してもらえることになったが古い工場が故に補償が少なくなってしまった」とひとしきり語り息継ぎをした、その一瞬で各々が静寂の中溜め込んでいた不安や安堵の声が一気に溢れ現場を埋め尽くした。すると突然に「申し訳ない!」物言わぬ工場長の大声が再び静寂を呼び寄せた。その時私は塗炭や窓を叩く雨足が強まっているのを感じた。

「新しい工場は土地が狭く作業場や溶鉱炉の規模が縮小されており全員一緒に連れて行くことは出来ない。だから最低でも4人首を切らなければならない。退職金はあまり出せないが可能な限り出すよう努めるつもりだ各人は今月中までに考えておいてほしい近いうちに面談をしていく予定だ。解散」

皆唖然としていた。総勢20名今日まで皆足並みを揃え頑張ってきたのだ。すると家族に連絡をする者や手に持った缶コーヒーを見つめ涙を浮かべる者、機械のようにすぐに持ち場に戻る者など各人がバラバに意志を持った動きを始めた。私は周りに溶け込むためにこの動乱の中の最大勢力を探し回った。すると4人ほどの集団が煙缶を囲み談合しているのが見えた。

「よし、取り敢えずはあそこに溶け込もう。」

私はそう心で呟き近づいた。

「珍しいな宮内。煙草持ってないだろ。ほら一本やるよ」4人の中で1番のベテランで親ぐらい歳の離れた木村が言った。

「ありがとうございます。工場長の話あまりにも突然すぎて落ち着かなくて」

普段煙草を吸わない私は申し訳ないと思いながらも一本頂くことした。すると木村は先ほどまで話していたであろう会話を再開した。

「おそらくリストラ組はここにいるメンバーを置いて他にはないだろう」

私はまずいと思い急いでタバコの火を消し席を外そうとした。「おいおい、どこ行く宮内お前も例外じゃあ無いぞ」2年先輩の岩城が呼び止めた。すると木村はニヤニヤ笑いながら続けた。

「なんのためにタバコを渡したと思ってるんだ安くは無いんだぞ火が消えるまでは居てもらうつもりで渡したんだが?」

私はどうやら何か掴まされたらしい。だが少し興味が湧いたので一度押しつぶしたタバコにもう一度火をつけ聞き返した。

「なぜリストラされると考えているのでしょうか?」

木村は淡々と続けた。「まず俺なのだが工場長と昔から馬が合わない長く居る分に技術はあるが高給取りときた、しかも設備が新しくなったらその技術も発揮できるかも怪しい、となれば奴は俺を真っ先に切るだろう。そして向井。コイツは馬鹿だから工場長の言うことは聞かないくせして俺の後ばかりついてくるだから俺がやめたら一緒に辞めると言い出して聞かない」

向井は強く首を縦に振った。「そして岩城と山根だがコイツらは単純に年も若く独身だ。腕だけはいいが口下手だ。まぁ何よりまだやり直しが効く年齢だし上手く言いくるめられると思われてると言ったところだ」

私は無意識的に口を開いた。「となると私は岩城さんと山根さんと同じ理由で」すると小さい声色で

「それもあるが宮内お前」と木村は急に真剣な眼差しになり私を見つめながら言ったかと思うと急に目元が緩み笑みを浮かべて言った。

「いや続きはまたにしよう」

気がつけば喫煙所は木村と自分の二人だけになっていた、そして木村は去り際に「金曜日空けといてくれ」とだけ言い残し持ち場へ戻っていった。

右手に持つ煙草の火が静かに消えた。