BITCH LOVELY -2ページ目

自由と正義と

hello


だいぶお休みしてたブログですなぁ。

もうどうしようもなくなった逃げ場がここ。

まぁそこまで悲観的にはなってないけど、多勢に無勢じゃないけど、俺間違ってるのかなって逃げ場かもね。

ただ、昨年の就職活動で自己分析ってことで改まってブログ見直したらだいぶ勉強になったけど。

とりあえず一括して、何か不満が出ると、ブログに書き込んでスッキリするっていうのが毎年の流れですな。ただ、2年ぶりぐらいに更新しますなぁ。


未だにアルバイトの日々が続いてるけど、自分が頑張ってるって姿を誰かに評価してもらいたい。

ただ、その為には周りも同じモチベーションでいてほしい。これは誰しもがそうでは無くて、皆それぞれの個がある。それを他人に押し付けるとただのエゴだし、それを強要した上でのアイデンティティはダサい。このアイデンティティが全体を同じ目標に近づけさせることができるならば、うぬぼれかもしれないけど、個人的には上出来だと考える。

去年僕の父の一言がその考えを一括させたのだが、「他人なんて関係なく、お前自身が会社あるいは社会に貢献できてればそれでいいんじゃないか」っていう考えの元仕事をしてきた。

それは僕の中で、お客様だったり同僚にだったりの助けになりたいと思って仕事をしてきたと思っていた。

それに関して感謝も無い言葉に関して、僕自身腹がたってしまって感情的になる。

それらを見据えたうえで、なぜ大人らしい態度も取れず、大人気なく反論してしまったのか。

単純に僕が皆の為に頑張ってるんだけど。それを見てくれてなくて、自身の事を棚に上げて、なんでその責任を僕にぶつけるのか。僕に論破して優越感に浸りたいのかもしれないが、僕だって馬鹿じゃ無い。結構、人それぞれを見ている。自分の思い通りにいかないのは皆一緒。それを上のせいにする幼稚な意見を聞き逃せなかった事。それがただただ反省点である。大事なのは客観的な意見だけでぶつけると結局は誰かしらに責任をぶつけるしか術が無いってことじゃなく、自身がその為に、限られてる環境の中で何ができるってことを考えて、客観的に見てる者同士、同じ方向を向いてく努力が必要だよね、その為に皆で意見を出し合うのがいいのかなと思う。

寛大だから言っていい意見と、してはいけない意見がある。

楽観的だけど、まわりがやりやすようにやってる部分、それは目につきづらいかもしれないが、そういう裏方的な仕事でもいい、僕は誰かしらの助けになりたいと思っている。それが評価につながらないっていうのを再確認してやる事が大事だよね。それが見えるもしくは見てくれてる人達と僕自身付き合って来たんだから。正直それを見てなくて、楽観的な自分ばかり見てる人とは付き合って無いよね。まぁスゲー自分勝手な意見だけど。そういう感謝の部分を直接伝えられない上で、これから仕事していかないと。やっぱりだれかに評価してもらいたいって思って仕事している人は少ない、そういう風に仕事を選べる人は限られた人に許されている。

変な話、こういう事を評価してくれるのが自分の近い距離でいてくれる彼女なのか。

いや、そうじゃない。こういう考えを伝えない上で、理解してくれる彼女が理想だよね。

数多くのコミュニケーションだけで、人間性を理解してくれる人が。

こういうのを求めると理想が高いとかって話なるかもしれないけど。


これらは僕的にスゲー悩んでいる点っていうか、何より感情的になってしまった点がただただ反省であるが、相談したら気分的にそうだったんじゃない?って事で、あまり気にしない方がいいっていう意見をかけてもらった。もし日頃自分が間違っているとすれば、こんな言葉は出てこないと考える。最近の君はこうだからこうしたほうがいいんじゃないって言葉がベストだったかもしれないけど、正直な話相談する相手が間違っていたかもしれないが、これ以上甘えさせてもらってもしょうがないよね。これより先は自分で考える事に意味があると思っている。逆にこれ以上追い討ちをかけてもって気を使ってもらったかもしれないし。


自分の目的意識を持って仕事するのがベストだよね。

とりあえず、今年の目標としてはその目的意識を明確にそして具体的にしていくのが大事。


ちょっと愚痴ばかりで暗くなっちゃったけど、今日はこのへんで。




kemmyでした。