最近になって、我が地元の埼玉県って非常に面白い県だなと感じます!


同じ埼玉県なのに、地域によって全然文化が違うんですよ!


まるで、違う県かのようにですね。笑


まず、埼玉県は主に4つの沿線別にエリアが分かれています。


西から、西武池袋線、東武東上線、JR高崎線、そして東武伊勢崎線とでね。



そして、それは実際に音楽シーンにおいても、顕著に表れている。


西武池袋線沿線は、現在拠点の飯能や所沢は連続性がある状態でシーンが築かれており、東武東上線沿線は、かつての拠点だった川越を中心に沿線で1つのシーンが築かれている。


JR高崎線沿線は、さいたま市の各地や川口と熊谷とで連続性のある状態でシーンが築かれていて、東武伊勢崎線沿線は、越谷を中心に沿線で1つのシーンが築かれている。


それぞれ、出演しているアーティスト層も、来客層も全然違う。


その違いは、今年僕自身、西武池袋線は飯能イーストコート、東武東上線は川越Rotom、JR高崎線は西川口Hearts、東武伊勢崎線は宮代Mojo:Mojaと出演してきて改めて顕著に感じたかな。


そして、もっと面白いのが、埼玉県は荒川を境に東西に分断されていて、埼玉の西側と東側とでは全くの交流が無い。


その証拠に、埼玉の西側の方々が東側のワンマンやメジャークラスの凄く良いアーティストの事を全員知らないという現状がある。それは逆も然りで。


まあ、ただそれは歴史を遡れば無理も無い話で、はるか昔は荒川を境に埼玉県は2つに分かれていた、埼玉県と入間県という別々の県だった歴史がある。




まあ実際、正確な事を言えば、埼玉県は西側の西武池袋線沿線と東武東上線沿線とでは時々交流はあり、東側のJR高崎線沿線と東武伊勢崎線沿線とでは時々交流はある。

でも、荒川を境に西側と東側ではほぼ交流は無いに等しい。コレは、僕が西側にも東側にも住んだ事もあるし、両方で音楽活動をしてきたからこそわかるんです。

実は、コバヤシケンヤというのは、今でこそ川越と飯能のイメージが強いけど、10代は大宮や浦和が拠点だったんです。

でも、20歳の頃に川越に拠点を移して活動しはじめた時、完全にゼロからのスタートだったし、大宮や浦和とシーンや層の違いを感じさせられたんです。

また、逆に広いステージでの大事なライブを叶え続けたいという、さらなる高みを望みたくて30歳にして東側にある西川口Heartsをハコの拠点に移したり、HEAVEN'S ROCKさいたま新都心に進出したんですが、そこでもやはりそれに起因する壁にぶち当たりましたね。笑


アーティストが自分の歴史を構築するのには、10代〜20代という若くて勢いがあり、まわりの同年代前後の方々も、まだ学生だったり就職して1〜2年ぐらいの独身である程度自由の効く年代でやっていくのであるならば非常に受けやすい。

だけど、30代以降になるとそこは非常に難しくなる。同世代前後のまわりの方々も、就職してある程度責任のある立場になり仕事が忙しくなったり、結婚したり子供が産まれたりで環境が変わったりして、自由がある程度効く人と効かなくなる人で道が分かれてくる。30代以降は本当に。

僕は、僕自身もそんなまわりの同年代前後の方々も20代の頃、川越周辺では数年をかけて歴史を作ってきたからこそ、川越ではワンマンやホールでのライブが出来るぐらいまでにはなっていた。

今でも、僕がライブをやるとしたら、人が一番集まるのは川越だとも自信持って言えたりするぐらいに!

それだけ、川越をはじめとした東武東上線沿線では培ってきた。


けれど、逆にさいたま市や川口では、その若い頃に構築が必要なアーティストとしてのその歴史を作って来なかった。

それを、30代にして、途中からは一度は結婚して既婚者になって状況や環境が大幅に変わった中でも、頑張って無理くり作ろうとしたけれど、なかなか思うようにはいかなかった。

音楽に携われる時間、新たな人間関係や人脈を作れる時間、それにかかる金銭面等々…

それに加えて、当時川越周辺の方々で応援してくださる方々は、西川口やさいたま市といった東側はアクセスが遠いと感じてなかなか足を向けてくださらなかったりでね…

だから正直、今思えば広いステージでの大事なライブを叶え続けたいという自分の高みを望みたいがあまり、埼玉の西側で築き上げた人間が東側での新たな挑戦という、かなり難しい事に挑戦し続けていたのかな…と。笑


さらに、これは余談で、埼玉県民は大都会へのアクセスは、県庁所在地のさいたま市よりも都内へとアクセスする傾向がある。

西側の2沿線の方々は池袋にアクセスし、東武伊勢崎線沿線の方々も上野や秋葉原や錦糸町へとアクセスする傾向がある。

普通のたいていの都道府県は、大都会と言えば県庁所在地に行く傾向があるんだけれど、埼玉県というのは特にその傾向が無く、大都会といえば沿線の中心点となる集約駅のある都心に向かう傾向がある。

でも、それが埼玉県の特性なんだろうなとね。笑



それらの事や、実際に今まで見てきた景色や歩んできた経験を踏まえて、僕は『西埼玉』という原点にもう一度立ち戻った。


僕自身が、地に足を付けた状態で、本当の意味で『ローコスト・ローリスク・ハイリターン』な状態で、一番輝くコバヤシケンヤになる為に。


その上で、来年2026年以降は


『SWA(Saitam Western Area)』


というコンセプトに基づき、埼玉では基本的に川越周辺と飯能イーストコート、KIS様関係での活動やライブをし、そこから世界へとアプローチしていくという方針に至った訳です!




そんな訳でよろしくです!