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Me‐Herひとり探偵団のコラージュ

いつもにっこりハーフボイルド探偵Kent Walkerにクライアントはいません。
行き当たりばったりでシティ&カントリーに出没。
スクープにならないネタを捜して今日も行く、
ぶらぶら歩けば棒にあたる・・・何かいいことないか子猫ちゃん

50年前1963年5月11日のアメリカの


ビルボード・シングル・ヒットチャートに初登場、


6月15日に首位を獲得。


その年の年間チャートでも堂々の13位。


レコードのドーナッツ盤の売り上げや


ラジオでのオンエア回数とか集計したチャートですね。


当時は、キャッシュボックスと云うチャートもあり


両チャートとも1位でした。


正に画期的な快挙で、


「スティーブ・アレン・ショー」にも招待され歌っています。


まだこの時、ビートルズがアメリカに上陸する前で、


爆発的ヒットになっていったのは1964年です。


ビーチボーイズの「サーフィンUSA」とか


ピーター・ポール&マリーの「パフ」とか


サーフィン・ミュージックとモダン・フォークの全盛の年です。


日本の楽曲では、未だに1位曲が登場していない事を


見てもいかにこの曲が凄いかわかります。


永六輔・中村八大・坂本九


六八九トリオが生んだ「上を向いて歩こう」です。


NHKの「夢で逢いましょう」という音楽番組で1961年に


披露されました。


九ちゃんの歌う出だしの歌詞の歌い方が


「ウへホムフイテ アールコゥオゥオゥ」と聴こえ


それはとっても耳に斬新な空気を運びました。


当時九ちゃんはダニー飯田とパラダイスキングという


バンドとアメリカ・ポップスのカバー曲のボーカルを演っており


英語の歌詞を日本語に訳して歌ってました。


楽譜の音符に英語なら1音符に1ワードですが、


日本語の場合1音符に1字になってしまいます。


なのでこのように「歩こう」でなく「アールコゥオゥオゥ」と


英語音感ポップスぽく歌ったのですね。


この響きが多分英語圏の人にも心地よく響いたのだと


思います。


アメリカでも英語に訳した歌詞でなく、


オリジナルのままで発売されたのです。


九ちゃんは当時東芝レコードの所属。東芝レコードの洋楽の


提携先がアメリカのキャピタルレコードでした。


キャピタルの社長が全米発売するにあたり


曲名を何にするかで、知ってる日本語が


「フジヤマ、ゲイシャ、スキヤキ」だったとかで


SUKIYAKIになったという真偽の程はわからない


エピソードもあります。


まあ、昭和38年は固定為替の時代で1ドル360円の


時代ですからね。


「上を向いて歩こう」は今もエバーグリーンの名曲で


いまだに元気応援口ずさみソングの筆頭格ですが、


この曲を聴いて すき焼き


いゃスキヤキをパブロフの犬のように


想起する人は日本人ではあまりいないのでは・・・


全米1位50周年を記念して


そこは美味しい すき焼き を食べよう


Me‐Herひとり探偵団のコラージュ


神戸、三宮の生田神社の南にある老舗の洋食屋さん


「もん」


隠れメニュー、神戸ビーフのすき焼き


Me‐Herひとり探偵団のコラージュ


網焼きビーフステーキ、ヒレとんかつ、


ビフカツも捨てがたく美味しいです。


でもこの店で食べるとなぜか すき焼き でなく


スキヤキ いゃ SUKIYAKI って感じです。


SUKIYAKIも、大好きです。