ようやく少しずつ前に進めてきたのでブログに書いてみます。
今年の7月4日。
私の実兄が亡くなりました。
もともと身体に障害があってでもずっと兄らしく駆け抜けた一生だったと思います。
周りから見たら可哀相。可哀相な人と思われて生きてきた人生。私も辛い思いしてきたこともある。
可哀相とは思わないでほしい。
障害があるのが自分で良かった。
妹たちじゃなくて良かった。と言っていたこともある。
それでもなんとなく私は兄とはあまり仲良くなれず…8つも離れていたこともあるのかもしれない。
なんでもっと話さなかったのか。
いなくなってから気づく。もっと話をしたかった。
兄は7月4日普段と全く変わらない生活をしていた。好きな場所に出かけ楽しんで夕方お酒を買って帰ってきたらしい。
兄はグループホームで住んでいた…。
いつも大好きな浜省の音楽をすぐにかけるそうだがその日は喉が渇いたのか音楽もかけずにおさけを注いで。一口飲んだのだろうか。
そのまま旅立ってしまった。見つけてもらったのは1時間後位。救急車がきて。そして偶然にも救急隊は従兄弟。もう死斑が出始めてきている兄を見てダメかと思ったけど挿管し病院に運んでくれた。息を吹き返すことはもちろんなかったけど施設で不審死すると凄く大変なことになるらしい。それを避けてくれた。もちろん検視はあったけど。ドクター曰くあっという間に旅立ったのだろうと。虚血性心疾患。死因はこれ。解剖してないから詳しいことはわからない。最期苦しくなかったのか。誰にも看取られず寂しくなかったのか。
兄は私のことをどう思っていたのか。
もう答えてくれない。聞きたいことはたくさんある。もっと話したかった。
兄の好きだった歌を聴くたびに涙が溢れてくる。もう4ヶ月。まだ4ヶ月。身内を失う切なさ。
驚くほどパワーを奪われた。
姪っ子は霊感があり葬儀の時おじちゃんはお母さんの所にずっといたって。それは私の姉。姉と兄は仲良かったから…。やっぱりそうだよね。
そして兄はこれで良かった‼️って言っていたそう。私たちの負担にならなくて良かったと思っているんだと思う。そして49日法要で実家に集まった時姪っ子はもう、ここにおじちゃんいないよって言ってた。その前に来た時はおじちゃんまだいるって言ってたのに。
今は自由に動く身体になって好きな場所に行ったり好きなことできているのかな。
よく、時間が解決してくれるというけどそれはないなと思う。ずっと辛いし寂しい。
お兄ちゃんがどうか今身も心も軽く楽しんでいますように。願うのみです。