前記事の
グラバー園を見た後は
平和公園へ
長崎市民の
平和への願いを
象徴する
平和祈念像
高さ:9.7m
天を指した右手は
原爆の脅威を
水平に伸ばした左手は
平和を
軽く閉じた瞼は
原爆犠牲者の冥福を
祈っています
長崎の鐘
当時、被爆地には
魚雷や戦車などを生産する
多くの軍需工場があり、
動員学徒、
女性挺身隊と呼ばれた
中学生や女学生をはじめ、
多くの人々が働いていました
33回忌にあたる
1977年に
ここで亡くなった方々の
冥福を祈るために
つくられたものだそうです
動員学徒、
女子挺身隊、
徴用工、
一般市民原爆殉難者之碑が
建立されています
碑文には、
『長崎の鐘よ鳴れ
長崎の鐘よ鳴れ
私達の肉親を奪った
私達のからだをむしばんだ
あの原爆が
いかに恐ろしいものであるか
あの戦争が
いかに愚かなものであるか
長崎の鐘よひびけ
長崎の鐘よひびけ
地球の果てから
果ての果てまでも
私達の願いを込めて
私達の祈りをこめて』と
刻まれていました
合掌
平和の泉
原爆のため
体内まで焼けただれた
被爆者たちは
「水を、水を」と
うめき叫びながら
亡くなっていきました
その痛ましい霊に
水を捧げ
冥福を祈り
世界恒久平和と
核兵器廃絶の願いを込めて
1969年(昭和44年)完成
被爆し水を求めてさまよった
少女の手記が刻まれた
石碑が正面に設置
『のどが乾いてたまりませんでした
水にはあぶらのようなものが
一面に浮いていました
どうしても水が欲しくて
とうとうあぶらの浮いたまま
飲みました
あの日のある少女の手記から』
長崎市原子爆弾無縁死没者
追悼祈念堂
市民の浄財をもとに1959年に建立
現在、無縁遺骨8,932柱が
安置されています
合掌

昭和20年(1945)8月9日
この地を一瞬のうちに壊滅させ、
15万人もの人々
(長崎の人工の約70%)を
傷つけまた死に至らしめた
原子爆弾
平和に逆行する
昨今の世界情勢もあり、
今回長崎で
息子たちに今一度
平和について
考えてもらいたく、
ここを訪れることにしました
ここで起こった惨状を
二度と繰り返しては
ならないことや、
戦争の愚かさ
核兵器の恐ろしさを
息子たちに説くのでありました