最近音楽について書くほうが億劫です。あんま知らないものとかでも平気で載せてますからね俺様は。もう聴いてイイと思ったらググレカスってな具合でいいや。
で、画像をアップしたいのですがなぜかアップできません。マジでクソやなアメーバ!
ではでは
とてもどうでもいいことなのだが、思い出してしまったので書いておこう。
確か小学一年生のときの話。初めての運動会で、かけっこか。低学年ゆえに○○メートル走ではなく、かけっこという競技名だったと思うのだが、確かタイムが近い子同士で走るようになっておりました。
その中で最も早い子達のレースでさ、ダントツに速い奴がいたのね。もちろん他の二人も速いのに関わらずダントツよ。
だけどね、最後のフィニッシュのテープを切るところで油断したのか、フィニッシュポーズ的な両手を上げて劇的にゴール!しようとしたら、他の二人に抜かれてしまったという子がいたな。
という話。
アレは・・・自分やったら舌噛んで死にたくなるような思い出だな。
同じく小学一年生ぐらいのときの話。なんかクラスメイトの男の子と遊んでいたら、好きな子の話になった。でも私にはたぶん特にそういう対象はいなかったと思う。ので、確かその彼が勝手にそんな話に持ち込んで、勝手に自分で、俺は○○が好きだぜ。みたいなことを言ってたんだと思う。
そしてやはり彼の強引な流れで、その○○ちゃんの家に行った。○○ちゃんの家の隣は私有の駐車場になっていて、砂利だったのだが、なぜかそこに百合が生えておりまして、何を思ったかそいつは百合の花を根元から引っこ抜き、家のチャイムを押した。
○○ちゃんのお姉さんが出てきた。○○ちゃんはいますか?と問うと、不在だと言われる。すると、彼は百合の花を差し出し、これを○○ちゃんに・・・。と、お姉さんに渡した。お姉さんは面食らっているようだった。
私はその時、たぶんこの花はココの家の人が育てたものではないかと思っていた。だって百合がきれいに自生とかするものではなさそうだ、と子供心に思ったのだ。しかし、相手の家の駐車場に生えたもの引っこ抜いて渡すっていうのはどういう神経なんだろうな。彼の行動には心底驚かされたものである。
彼ら二人は確かどちらも転校していった。一体どんな大人になっているのであろうか。気になる・・・いや、やっぱり気にならない。どうでもいい。大体ずっと忘れていたことだし。
学校にいる頃は、特に小さいときは尚更、大して仲良くもない相手となぜか遊んだものだ。なんなんだろうな。あの、大して楽しくもない相手と一緒に遊ぶ、えも言われぬあの不思議な感じというのは。一応社会性とかそういうのを身につけた今では絶対に味わえないような妙な心地というものがありました。
高校生までそんな感じが続いたように思う。(その時点でもちろんある程度の社会性は身についてはいるが。)学校のクラスという枠組みの中で生活するということは子供の私にとってはそれほど大きかったのかもしれぬ。そしてその狭い枠組みの中で気の会う相手を探すのは大変であった。なんとなくで一応ツルみはするが、学校を卒業したらまず連絡を取り合うことはないだろうなとうすうす感づいてる当座の友達ばかりだった。実際、高校の時の知り合いでいまだに会っているのは1人だけだしね。
ゆえに自然と学校にはあまり行かなくなったものである。雨が降ったら行く気にならなかった。雪が降ったらまず行かなかった。午後から理数系の科目しかないときは午前で早退した。行事は何にも面白くないからほとんど欠席した。行事休んでも単位が足りなくなることはないしね。しかしそれでも高校は出席日数が危なかった。
昔に戻りたいなんて絶対思わない。常に今が一番最高。だとも思わないが、昔に戻っても所詮自分は自分。戻っても何も変わりはしない。面倒なことまた繰り返すぐらいだったら昔に戻りたいなんてつゆにも思わないね。常に最低だZE。つうか考えたって戻れるもんでもないしね。
と、筆に任せてつらつらと書いてみたのだがずいぶんと暗い文章になったものである。俺のことを太宰ケ治(Daザイケおさむ)と呼んでくれ。
はい。
産まれてきてすいません。



