今年もお盆の季節になりました。
広島は盆灯籠がきらびやかにお墓の周りを彩っているかと思います。
私の父も母も、既に他界してしまいました。
私が25歳の時に父が、38歳の時に母が旅立っていきました。
父は急性心筋梗塞だった為、急死でした。
お別れも言えず、何の前触れも無く、勝手に旅立っていってしまいました。
東京は珍しく大雪、広島も雪が降っていたそうです。
姉からの連絡で、急いで広島に帰る予定でした。
けれど、会社は年度末前。泣きながら出社して、職場で大泣きした事を覚えています。
今となって考えると、職場の人たちも驚いたと思います。
金曜日だった為、仕事をとりあえず片付けられる所までやって、
あとは当時の部下にお願いして、その夜に帰省しました。
土・日曜日で通夜と告別式を親族だけで行い、見送りました。
会社には最低限の情報と、香典や参列をご遠慮頂くように伝える事で精一杯でした。
とにかく他の方には、気を遣わせては申し訳ないと思い、ごく少数の方のみにお伝えしたのを覚えています。
母の時も同じでした。
母はもう既に寝たきりとなっていて、1ヶ月程前から「もう長くないかも」と妹から連絡をもらっていたので、
覚悟は出来ていました。なので、息を引き取った当日は淡々と支度をして、会社へ連絡し帰省させてもらいました。
母の場合は「直葬」、いわゆる通夜と告別式は行わなかった為、家族のみで見送りました。
会社には、密葬である為、社員メールでの通達は止めてもらいました。
なぜ、突然こんな話をブログに書いたのか―――
今日、とある記事を目にしました。
“才能溢れるナイスガイ”木下雄介投手の早すぎる死…スクープの陰で問われる「静かにお別れする権利」と報道の自由 - プロ野球 - Number Web - ナンバー (bunshun.jp)
ちょっと前のブログにも書きましたが、若くして亡くなったプロ野球選手の記事でした。
「死は究極の個人情報」
この言葉にドキッとしました。
私は一般人であるけれど、会社員であるが故に伝えなければならない情報があり、
その手続きも辛く大変だった事を覚えています。
規定の慶弔休暇や、会社からの香典の受け取り、書類の捺印や連絡先の変更等、
本当にたくさんの事をしなければいけないのか、親とお別れした後も大変でした。
どこからともなく漏れた情報で、お香典を持ってこられた社員の方もいて、
申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
有名な方、著名な方、スポーツ選手などは、もっと大変な思いをしているのかと思うと、
胸が詰まる思いでいっぱいになりました。
身内の死は、とてもセンシティブで、とにかく静かに見送りたいと思う気持ちが強いものです。
それは私だけではなく、私の兄弟や親族も同じ気持ちでした。
父の死の後は、慶弔休暇は取らず、月曜からすぐに職場に戻りました。
その方が誰にも知られずに済むからです。
母の時は、残された実家の整理や持って帰るものもあり、
慶弔休暇を頂きましたが、私自身が倒れてしまいました。
それくらい「身内の死」は、悲しく、重く、心労を伴うもので、癒えるまでにはかなりの時間を要しました。
昔のようなきちんとしたお葬式をすると、より一層大変だったと思います。
亡くなった父や母は、どういう見送りをして欲しかったか、言い残さずに旅立ったため、
今でも正解は分からないままです。
残された家族は、これから色んな気持ちを持ったまま生きていく。
それは私だけじゃなく、みんなにも訪れる事だと思います。
今年、約20年間、納骨が出来ずお仏壇と一緒に管理していた父の遺骨を散骨する事になりました。
このお盆には私の家からも父が本当に旅立ちます。
「墓じまい」と同じく「仏壇じまい」をして、お別れをする事しました。
母の遺骨も姉の方で管理していて、散骨するそうです。
色んなお別れの方法があり、今回読んだ記事から思うことは、
本当に難しい問題ではあるけれど、ただただ静かに見送りたいと思う気持ちは同じなのかなと感じました。
―――悲しみはいつまでも癒えない、記憶に残り続ける、胸が痛む―――