続きです。
そしてひとつずつ説明しました。
病気のこと、薬のこと、治療のこと、学校のこと、将来のこと、お金のこと、家族のこと、、、
まず初めに大学のことを伝えた。もう海外は無理そうだって、皮膚筋炎と診断された時にはよぎっていたこと、
そこから最初皮膚筋炎を見てくれたお医者さんに来年にはきっと戻れるよと言われたけど、治療が始まって方針が違くてむりになったこと、
そしてそこから入院してる間ずっとずっと調べてきたこと。
戻る方法はないのか、なんとかやれる道はないのか。
でも血中濃度は測れない、薬も高い、毎月近く日本に戻って血中濃度測りながらは厳しいこと、
そしてそもそも、高校の時みたいにあっちで体調を崩したらその時点で次は休学じゃなくて退学になるのでアウトなこと。今現在戻れる確率が数%あるのかすら分からない、こと。
そんなのをずっとステロイドを飲んでるせいでか鬱になりかけてる中1人でずっと考えてた、って言いました。
父と母はごめんねと言いました。支えてあげられなくて。
だけど僕は言いました。謝って欲しいわけじゃないよ、ただ今は話さなきゃいけないから話してるだけなんだ。って
そして、そこで母に対して言いました、薬(ネオーラルとグラセプターの話です。)でこっちが真剣に考えてる時あなたに連絡したらあの返事だったと。
家族だろうと関係ないんだなって、結局そんなもんなんだって思った。と伝えた。
姉は何故か苦笑いしていて、母は黙っていて、
笑いごとではないんだけどなって僕は思った。
長くなりそうなんでまた続き書きます。
一応薬の写真を、

