翌日、旅の疲れと時差の関係で12時頃まで眠っていた。起きたら誰もいないのでFMを聞いてシャワーを浴びて本など読んでいたら、案の定、睡魔が襲ってきてまた眠ってしまっていた。運動不足のためかお腹が空かない。そんなわけで、今日の食事はヨーグルト・オレンジジュース・スパゲティー・サラダ・缶ビール(3本)

一回だけ外に出た。真っ青な空、爽やか!公志に聞いたら「いつ雨が降ったか忘れた」とのこと。どこかに行きたい!でも、動くための足がない!ここはアメリカやった、とにかく移動手段がないとどうしようもない!ピンチ

                     
japan win(1985年の日記とともにアメリカを行く)のブログ はるか彼方まで続く道




japan win(1985年の日記とともにアメリカを行く)のブログ  境がわからないほど青く広い空と紺碧の湖


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1985年5月20日 成田発シンガポール航空便でロスアンジェルスを経由してサンフランシスコに向かった。今となると所要時間がどのくらいだったかはっきり覚えていない。ただ、「もしかすると生きて帰って来れないかもしれない」って思った。でも、あの広いLA空港で個人名で呼び出しを食らったのだけは忘れられない。その後、予定通り、SF空港で友人(公志)に出迎えてもらい道中ダウンタウンを見ながら友人宅へ向かう。(今後は友人=公志と呼ぶ)

 

とにかく疲れた。「これでお別れだね」って成田を出る時に思った。LAでの入国審査も心配したが、うまくいった。空港で公志に会ったときは「ほっ」とした。迎えの車の中では安心しきって、ぐっすり眠ってしまった。

自宅について、2時間ほど寝たあとルームメートのスーさん(中国人学生)と対面。もう1人のルームメートのリッキーとはまだ会えていない。夕方、公志の愛車ホンダナイトホーク450に乗車、右側通行を経験。ノーヘルにフリーウエイ、カリフォルニアの真っ青な空に思わず感動!

                                            5月20日の夜に書いた日記より

                   

まずはこの荷物ですが、ツーリング中、持っていった(積み込んだ)荷物の一部です。今となれば昔の荷物です。
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僕がアメリカ大陸へ行きたくなったのは、二十歳の頃だったです。バイクには若いときから乗っていたので出来ればバイクで行きたいなぁ!って。元来、グループで走るのが苦手で1人でのんびり走るのが好きな人なので、ソロと決めました。まず、何ができるかなぁ?何を準備したらいいんだろう?って結構悩みました。で、「一回1人でアメリカ行こ!」で、僕以外は全員カップルばっかりのフリーツアーに参加。高卒の英語力とほんの少しの勇気があれば何とかなるやろうという結果に至りました。そこから実行まで約4年、英会話学校に通い始めて少しだけ腕(口)を上げ、頑張って貯金をして毎週末にはバイクでいろんなところへ出かけてはキャンプを張って練習を繰り返しました。

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 こんな景色を思い描きながら。時には墓地のそばで、時には土砂降りの中でキャンプを張り練習・練習。自分ひとりでのキャンプなんてまったく経験がないものだから、何を準備したらよいものか・・。多くの方に相談して教えを請いました。この準備期間に第一に考えなければいけないことが、「バイク」をどうするのか?つまり現地調達か持ち込むのかということです。簡単に思ってたけどそうではなかったのです。それと、国際免許の取得や現地での交通法規、キャンプ場のこと・・etc。ヘルメットはどうするのかなど、今思うとつまらないことでも悩んでたなぁ!これらのことを少し説明しておきましょう。

① バイクの調達 結果現地で購入(私はカリフォルニア)フリーモントYAMAHAというところで購入。なんと買っ   たその日から乗って帰れた。

② 国際免許は最寄の運転免許試験場で取得(当時)出来ました。

③ 交通法規は現地で5,000kmほどの練習走行で学ぶ

④ キャンプ情報は入国後k・O・Aでゲット

⑤ ヘルメットは州によって違うので基本的には常にかぶっていました。


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サンフランシスコの近くニューアークという所で、すべての準備をやりました。上の写真はサンフランシスコのダウンタウンです。このときは、まだ観光もやってました。(今も変わらないのかなぁ?この路面電車は)

ということで、今回はここまで・・。