27日の夜
ジィちゃんが亡くなったと連絡がありました。
俺が滋賀に越すまでに間に合いませんでした。
もっと早く動いてれば近くにいてやれたのかな
先日バァちゃんの姉、俺にとっての『小郡のおばちゃん』が亡くなったばっかり。
小郡のおばちゃんは、唯一、俺に近い人で、バァちゃんと二人だけの家族だからと、若い頃からずっとバァちゃんを食べさせるためだけに働いて生きた人。
最後の最期まで。
バァちゃんを食わせるために、女大工もやってた。
結婚をし、離婚。
昔はタバコもバカみたいに吸っていたらしい。
俺が家出した時、おばちゃんの家に行った。
何となく、行きたくなって。
あの時、『小郡に住む』とか調子のいい事言って期待させたくせに、あっと言う間に気が変わって千葉に帰ってしまった。
あの時、おばちゃんの寂しそうな姿がドンドン遠ざかるのを車のミラー越しにみて、申し訳ない思いのまま千葉に帰った。
あの時、山口に本当に住めば良かった。
今考えれば、たったの3年だ。
あの頃、留まっていてもたった3年。
3年だけでも楽しく過ごさせてあげればよかった。
ジィちゃんも、大好きだった。
小学卒業するまでは、長期休みは毎回滋賀に行ってた。
勉強しろと鬼のように怒るバァちゃんにばれないように、ジィちゃんの所に行き、一緒に《水戸黄門》を見てた。
ジィちゃんは何か、自分で造るのが好きで、拾ってきたり貰ってきたり、時には買ってきたりして色々なものを造ってた。
それを見て、一緒にやってる気分になれるのが楽しくて嬉しくて。
俺はジィちゃん子だった。
怒ると怖いジィちゃん。
酒豪で陽気なジィちゃん。
笑うとクシュってなるジィちゃん。
俺の大好きな、独特な匂いのジィちゃん。
バァちゃんと反りが合わないのか、もしかすると、きっとあの頃にはもぅバァちゃんは今の序章を見せていたのかもしれない。
バァちゃんとジィちゃんは別々に飯を作るようになっていた頃、ジィちゃんが圧力釜で炊くチョット柔らかいご飯、めちゃくちゃ旨いニラ玉、大好きだった。
ジィちゃんの匂いはもぅ嗅げないんだって思うと寂しいけど、やっと楽になれたのか…?
きっとジィちゃんは、ずっと耐えてたバァちゃんの相手に、疲れちゃってたんだろうな。
だから、動きたくなかったんだ。
動かなければ、バァちゃんの面倒を見なくて済む。
そー思ってたのかもしれない。
ジィちゃんが入院した原因は、前日に起こしてしまった玉突き事故のせいではなかった。
玉突き事故って言っても、大したことはなかったらしい。
恐らく、その前からあった打撲やら何やらが原因だったらしい。
要は、ジィちゃんはバァちゃんにやられた怪我で入院してしまい、入院したら、きっと楽になって、もぅ家に帰りたくはないって思ったんだと思う。
以前先生が言ってた。
「もーどこも異常は無いんですけどね…」
そんなになってまで俺等に黙ってたジィちゃん。
バァちゃんの状態がそんなに悪かったのか。
何でもっと早く気付いてあげられなかったんだろう…。
家族にたいして不器用で頑固なジィちゃんだから、自分から助けを求める事は出来なかったんだろうな…
聞いた話し、過去10年くらい前から始まっていたらしい。
丁度俺等が滋賀に帰らなくなった頃からだ…
バァちゃんは、俺達姉弟の事はあまり好いてないし、特に俺とは犬猿の仲のような感じだったから、嫌だと思いながらも、今みたいにならないように歯止めを効かせてたのは、休み毎に帰ってた俺等の存在だったのかもしれない…
本当にジィちゃんの状態に気付いてあげられなくてごめんなさいって言いたい。
小郡のおばちゃんも、ジィちゃんも俺にとっては、俺の人生には、それぞれ大事な人。
そして、大事だから故に後悔ばかり募る。
どうしてあーしてあげられなかったんだろう。
こーしてあげられなかったんだろう。
聞きたい事、言いたいこと、相談したい事、何を思ってるのか、何がしたいか、まだまた沢山話したい事が山のようにあったのに
特に、俺自身の事を、言えなかった。
ビックリしすぎて心臓止まっちゃうんじゃないかって心配で、伝えられなかった。
でも、今、こぅなって思う。
伝えておきたかった。
その答えは何て言っただろう。
伝えて、解って貰えただろうか。
それでも、本当の自分を知ってほしかった。
認めて欲しかった。
大事なおばちゃんとジィちゃんだから。
長寿でした。
安らかに眠ってください。
と、言いたい所だけど、小郡のおばちゃんも、ジィちゃんも『献体希望』だから、まだ体は数年間安らかにってわけにはいかないだろうけど、魂だけでも、成仏して下さい。
何か1つ、魂に言葉が届けられるなら、
『長寿、お疲れ様でした。ありがとうございました。』
って伝えたい。




















